KnightsofOdessa

ある詩人のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ある詩人(2021年製作の映画)
3.0
[俺は俺のスタイルを曲げないぞ] 60点

どの作品を観ても同じような作品に見えてくる映画監督界の中ボスクラスにいるのがオミルバエフだが、今回も昔の作品から引用してきている。『ザ・ロード』で映画監督が理想の脚本を妄想している時に頭の中を覗くような映像が挿入されていたが、本作品ではカザフスタンの詩人マハンベトについての挿話がそれに相当する。殴られている場面を直接的に見せないという演出は、マハンベトについてより暴力的に行われる他、主人公が夜中に起きだすと通りでリンチ紛いの喧嘩が行われているのを目にするシーンが登場、また、『ザ・ロード』や『July』における満杯の劇場と対比させるように空っぽの劇場が登場するなど、過去作を匂わせている部分も多い。欲望を具現化するような夢オチシーンも登場し、平常運転であることが伺える。興味深いのは良くも悪くも"同じ場所に留まり続けること"が本作品の題材になっていて、おそらくずっとスタイルを変えていない自分自身をある程度反映させているのだと思われるが、8月あたりに私が騒いでたことが届いちゃったんじゃないかと申し訳ない気持ちになった(そんなことはないが)。ちなみに、私は途中でシャルナス・バルタスの諸作品とようやく繋がって腑に落ちた。バルタスもまた、延々と自作の縮小再生産を繰り返している監督に見えるので。

本作品の主人公は詩人の男である(名前を忘れた)。100年後には消滅してしまうであろうカザフ語で創作活動を行いながら、その成果が報われないことを悔しく思っている。同期で一番優秀だった男はカフェ経営に転向し、自分も金になる本を書くことを勧められ、状況を憂慮する先輩詩人たちは"詩人は時代が必要とした時に生まれる"などと流暢なことを言っている中で、自分が本当にやりたいことを貫けるかというのが主題となる。彼の存在の古臭さは妻や子供がスマホやゲームを使うのに対して、ペンやラジカセを使っていることからも視覚的に示され、家電量販店のテレビを"自分色に染め上げる"という控えめに言ってクソダサい妄想でも提示される。この新しい時代へ迎合せずに古い時代へしがみつくというのが、冒頭のオミルバエフのスタイルと密接に絡み合っており、空っぽの劇場で"一人でもあなたのファンなんです!"という女性の声を証拠に、"一人でも私のファンがいるなら私はこのままで行きます"という宣言を主人公を通して行っているのだ。

主人公が思いを馳せる19世紀の詩人マハンベトは、当時の権力に歯向かって殺された人物である。彼の物語は彼の遺骨を巡る物語として時代を超えて受け継がれるが、あれほど英雄のように讃えられていたのに遺骨の扱いが結構雑で、そこにオミルバエフの達観した視点が見えたように思えた。

誰か分からない人の結婚式ビデオを延々と見せられるシーンが一番面白かった。
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