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君は行く先を知らないのhasisiのレビュー・感想・評価

君は行く先を知らない(2021年製作の映画)
3.6
灼熱の太陽が降り注ぐイランの道路わき。
セダンで旅する4人の親子は休憩中。運転を担当している長男は、車外に出てペットボトルの水で喉をうるおした。
幼い次男が騒ぐから母は携帯を没収。
左足を骨折している父は説教をはじめた。

監督・脚本は、パナー・パナヒ。
2021年に公開されたロード・ドラメディ映画です。

【主な登場人物】👳🏽‍♂️🧕🏽
[ジェシー]犬。
[次男]元気。
[父親]骨折。
[母親]白髪。
[長男]眼鏡。

【感想】🏜️👦🏽
パナヒ監督は、1984年生まれ。イラン出身の男性。
長編デビュー作です。
父親は、『人生タクシー』のジャファル・パナヒ監督。
彼の下で助監督を務めるなど、映画製作を学んだようです。

ペルシャ語の原題を直訳すると「カーキ色のセダン」
英語タイトルの「Hit the Road」は直訳すると「旅に出る」
邦題の『君は行く先を知らない』が、観客の心情を上から目線であおって小笑い。
(お前も知らなかっただろっ)
センスのあるタイトルを付ける人がつづいて喜ばしい。

🚙〈序盤〉📱🖍️
車内コント集。
長距離運転の休憩中からはじまり、説明ゼロ。

下の息子、ライアンがよく喋って無邪気。時間を埋める役。
撮影がいつなのか分からないけど、公開まで難航したらしい。
2014年生まれなので、撮影が2010年代後半として、5才ぐらい。
おちつきがない悪戯っ子の相手をして天手古舞。
1幕はほぼ、これ。

父、ハッサンは物調面で厳しい役どころ。だけど、ちょくちょく本当は優しくて、家族との仲の良さが漏れ出るのが救い。
演者の素が見えてプラスに働くなんて珍しい。

……そもそも、父が厳しかったら、次男が帰還棒に育たないなど。
全体通して、どこか変。
その奇妙さが生み出す、「なんなんだこれは」が求心力の役割を果たし、物語を先に押し進めてくれる。

シンプル。
説明はないのだが、情報量が少なく、ひたすら「ここに注目」って感じで視線を誘導してくるので、想像力の刺激具合がほどよい。
何となく状況も察せる程度の内容だし、脳に負担がかからずクスクスできる。
空気が張り詰めそうな重いテーマを、笑いの力で緩和する好例だ。
 
🚙〈中盤〉🚬🩼
絵画のようなシネマティックショットが大好きな監督。
車で移動しているはずなのに、止まっている絵が多い。
犬を乗せた荷室しかり、移動する居住空間的な意味合いを持っている。

「せっかく映画撮っているのに表現したい事ないの?」
怠けているように、ダラダラしている人たちを映画で眺めるのも珍しい。
それっぽい撮影技術の高さで何とか間は持つが。

コント集が終了して、冒険のようなドラマパートへ。
会話のヒントで何となく方向性は見えるが、想像していたものと違う絵が提示されてドキドキ。

🚙〈終盤〉♨️🍏
真相編。
閉鎖された車内から解放され、荒涼とした大地と一体化する。
メッセージ性というか、母国への思い。哲学的なもの。

きっと流れる音楽の歌詞に、意味が込められているのだろう、と誘導されるが、ますます謎は深まる。
イラン国民の置かれている状況や文化。旅の目的について書くとネタばれになるし。
なんともレビュー殺しな内容だった。

【映画を振り返って】🌌⛺
※ここからイランの内情に触れてゆきます。⚠️

ロードトリップで、観客にだけ目的地を示さない斬新な内容。
ファリド演じる運転担当の困り顔の長男は監督の友人がモデルで、実話に影響されて作られている。
なので、単に映画的な面白さのために情報が隠されているのではなく、演出には長男の心情を疑似体験してもらう意図がある。

3幕まで長男の台詞がほとんどなく、両親の視点から描かれているのが独特な空気感を生み出すのに一役買っている。
きっと、息子の心情は想像させ、両親に喋らせた方が、より心に染みる物語を描けると考えたのだろう。

真相を知ってから、2周目に突入すると、家族の何気ないやり取りは涙を誘い、意味不明だった行動の理由も腑に落ちた。
鑑賞後も、絵画のような絵作りが回想のしやすさに貢献し、走馬灯のように脳裏を巡るように。
友人との思い出の場面を再現しているのかもしれない。

🐶お気楽な姿は体制への抵抗の表れ。
製作の内情を知ってゆくと、国内の映画製作における、いくつもの禁止事項に触れているのが分かってくる。
車内を舞台にしているのも、検閲を逃れるための苦肉の策。
だらだら時間を過ごす姿もそうだが、
戦争を経験した親の世代に反抗していたヒッピーの姿と重なる。

けっきょく国内では上映されておらず、
監督は現在、6年の懲役刑。
父親のジャファル監督も、何度か逮捕されているし。
妹も、父の映画製作に協力した罪で逮捕された経験あり。現在はパリに移住している。
可愛らしい内容と裏腹に、これもまた、岩盤を突破するために命がけで作られた映画の1つだった。

👍批判。
わたしもポストモダンな内容について行けなかったが、頭の固い国内からのバッシングが一番大きかったのだとか。
楽しんでほしかったはずの身近な人の中に敵が潜んでいるのは、どこの国も同じ。

嫉妬に駆られた同胞に期待するより、客観的に楽しんでくれる外国の人に向けて作った方が気楽でいいのかもしれない。
(おっとドライブ・マイ・カーの悪口はそこまでだ)
窮屈な車内のようなイランで戦いつづける親子に、遠くからエールを送りたいです。
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