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オッペンハイマーのumisodachiのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

【下に日本で鑑賞時の追記あり】


いまヨーロッパに来ているため、映画館で観てきた。日本での公開はまだ決まっていない。

優秀な物理学者であるロバート・オッペンハイマーは、マンハッタン計画の指揮を取り大きな成功をおさめた。しかし、近親者の多くがコミュニストだったことから戦後に赤狩りのターゲットとなり……。

字幕なしで観た映画の中でも1、2を争う聞き取れなさで大変だったのだが、それでもかなり面白かった。なぜリスニングに苦労したかというと、本作の大半は政治的な主題を扱っている上に、時系列がめちゃくちゃ複雑だから。さらに、登場人物が大変に多くてリスニングと名前を覚えるのを両立させるのがかなり難しかった。

とりあえず、なにを言ってもネタバレになると思うので以下は全部ネタバレ扱いとして書きます。

【以下、ネタバレあり】









①学生時代の様子から、マンハッタン計画に任命され原爆実験を成功させて実際に原爆が落とされるまで

② 1954年にオッペンハイマーの疑惑に対して開かれた公聴会

③1959年に上院によるルイス・ストロースの商務長官指名承認に関して開かれた公聴会

本作は大きく分けてこの3つのパートに分かれている。極めてスピーディーに時間軸を移動しながら描かれていくので、3時間があっという間。さらに、原爆投下以降は怒涛の伏線回収パートとなり、めちゃくちゃ面白い。

科学者としてのオッペンハイマー、人間としてのオッペンハイマー、オッペンハイマーの周りの人々の中のオッペンハイマーと、あらゆる切り口から[オッペンハイマー]が語られるわけだが、崇高なものから極めて下卑た内容まで、あらゆる感情やテーマが混在しているのが凄まじい。「世界を破滅に導くのか?」という次元から、単なる個人的なくだらない恨みにまで乱高下するジェットコースターのような地平の変化は、ちょっと他に見たことがない。

日本人としては原爆の描かれ方が気になるところだが、オッペンハイマー自身は深く後悔したという部分は、ある程度表現されていたと私は思った。さらに、原爆実験が成功した際のアメリカ人の狂喜の描写とオッペンハイマーが苦しめられる悪夢とのコントラストには、ノーランによる極めて冷めた視点をも感じた。“世界を破壊するもの”という認識がそこにあるのは間違いないと思うし、100%原爆=正義とみなした作品ではない。

ただ、原爆投下候補地についてのミーティングのシーンは本当に不快で、ちょっと吐きそうになってしまった。私が観たのはヨーロッパでありアメリカではなかったので、笑う人が少なかったのが救い(みんな字幕で見てるからね)。

また、原爆実験のシーンがものすごく克明でダイナミックなのに対して、日本への原爆投下は描かれずにイメージだけなのは明らかに不均衡だ。「あんなもんじゃない」と思ってしまう気持ちはどうしても抑えられない。

とはいえ、本作に主軸はそこではなく[オッペンハイマーの名誉]である。彼がどんな人間で、どこが優れていて、どこが不完全で、なにに苦しんで……ということを、夥しい登場人物との関わりを通じて明らかにしていく。彼の名誉がどのように失われたのかを、誰が味方で誰が敵となったのかを1人1人抑えていくので裁判劇のようでもある。

まとめると、とてもダイナミックで、とてもスリリングで、とてもミステリアスで、見事な伏線回収でアハ体験もできる。でも、原爆投下についての描写は物足りない。もっと悔恨を示して欲しい。それが、私が本作に抱いた印象だ。

なお、こちらで再会したアメリカ人の友人に本作を観たと話したところ(彼女は未見)、「学生時代に原爆投下を学んだ時、アメリカは戦争犯罪を犯したんだと思った」と言われた。もちろん、私が日本人であることや、アメリカを離れた人間の発言だということは考慮すべきだが、「アメリカ人は原爆は正義だと思っている」というのは、全員に当てはまるものではないようだ。そして、それは私にとっては希望。

また、もう1人のアメリカ人の友人からは「日本は原爆を投下したアメリカを許せるの?」と聞かれた。私は「許せるとか許せないとかではない。その行為自体は許せない。でも、我々はルーザーだからアメリカを受け入れるしかない」と答えるしかなかった。でも、そう問うアメリカ人がいることも、私にとっては希望だ。

最後に。劇伴が尋常じゃなく良い。映画としてとんでもなくよくできているのは否定のしようがない。

【以下、日本で鑑賞時の感想】





怒涛のセリフ(海外だから日本語字幕もなし)と夥しい数の登場人物のために、振り落とされないようにするのがやっとという状況で鑑賞したのだが、このときはそれでも「めちゃくちゃ面白い」という感想を強く持った。日本公開が決まり、ようやく日本語字幕で鑑賞!しかもIMAXレーザー!!

昨年鑑賞時はリスニングに苦労したとはいえ、さすがに話の流れはわかっていたので前半はけっこうウトウトと……(すいません)。細かい理論的な個所以外は大体リスニングもできていたんだなあと思いながら答え合わせのような気持でのんびり観ていた。

で、例のトリニティ実験の「ッドーン!!」で覚醒して、そこからはしっかり観たわけだが(←おい)、後半の聴聞会と公聴会のシーンではのめりこんだ。というのも、昨年鑑賞時はこの2つのシーンの「証言」のリスニングが一番難しくて、なんとなく味方、なんとなく敵、なんとなくこんなこと言っている程度の理解しかできなかったからだ。公聴会はわかりやすかったんだけど、聴聞会で次々に人が出てくるのが難しかった。そもそも「あれ?この人誰だったっけ」ってなるしね。キャラクターが整理されているという意味でも、2回目ではしっかりと理解することができた。

初見時と本作への印象が大きく変わることはなったのだが、決定的にあのときに自分が理解できていなかったのは、オッペンハイマーの傲慢さ。ちょいちょい失礼なことを言っているというニュアンスがイマイチ把握できていなかったので、ストローズを単なる逆恨み野郎だとしか思えなかったのだが、(確実に逆恨み野郎ではあるものの)これは反感買うかもなあというオッペンハイマーの一面を認識できたので、自分の中でストローズの人物像がより深まった気がした。

本作は限りなくオッペンハイマーという人物のみにフォーカスしているので、良い面も悪い面も含めてオッペンハイマーという人間を通して語られている。天才で研究者としてのカリスマを持つが、鈍感で身勝手で詰めが甘く、それがちょいちょい傲慢さにもつながってしまっている男。冒頭の毒林檎の描写に彼の弱さと洒落になっていないヤバさが凝縮されている。後で後悔はするものの、気持ちが昂ると突っ走ってしまうというオッペンハイマーの危うさ。そして、その後悔とも本気で向き合えていない(戦いから逃げてしまう)という弱さ。そんな人間の栄誉と悲哀を描き切っているのが本作だと感じた。

面白いのは、オッペンハイマーを描きながら、同時に周囲の人間の強さと弱さも浮き彫りにしていく後半の怒涛の展開だ。最も強いのはオッペンハイマーの妻であり、聴聞会での彼女の答弁は圧巻(あれは昨年全然聞き取れなかったシーンだったので、今回わかってよかった笑 共産主義という概念についての討論なんてわからん!めちゃ早口だし!)。そして、最も弱いのがストローズで、彼の名誉を徹底的に叩きのめして映画が終わる。オッペンハイマーが初めてしっかりと功罪を突き付けられた瞬間と同時に。オッペンハイマーもストローズも、原爆という大きすぎる存在に圧倒されたという点では同じなのだろう。一人は名誉への渇望と嫉妬に狂わされ、一人は激しすぎる罪の意識と、科学以外の人間たちに対する自分自身の(ある意味で)不誠実な対応に狂わされた。これは完全なる伝記映画なのだ。

それを踏まえた上で、原爆被害についてもう少ししっかりと描写すべきだったか否かという意見については、「そうだったらもっと良かった」と私は思っている。オッペンハイマーに対して、もっと強烈にそれを突き付けてもいいのではないかと。ノーランは最後のシーンでそれを示したのだろうが、まだだ。まだ足りない。被爆国の人間としてはそう感じてしまう。それは同時に、日本が第二次世界大戦を描くときに日本の支配下に置かれた各国が感じている感覚と通じるはずだ、ということも忘れてはならないだろう。






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