長内那由多

オッペンハイマーの長内那由多のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
主観の映画。政治的プラカードを拒否し、共感できない主人公、およそ初見では把握しきれないストーリー展開、そして生まれ育った国で決定的に異なる解釈とあらゆる面で観客の主観に委ねる。原爆投下後の幻視は僕たちが最もその意味を理解できるだろう。

自国の歴史、価値観に疑問を呈し続ける正統の“アメリカ映画”でもある。物語は観客が脱落する寸前のスピードで展開し、人間の愚行を積み重ねる。スターもいいが、顔の良いアメリカの名脇役達を敷き詰めた画面に充実がある。一緒に観た映画ファンの友人はダウニーJr.に気付かなかった。

ノーラン映画は役者がノーランの演出、脚本を超えた瞬間に突き抜ける。ヒース・レジャー、マコノヒー、今回はフローレンス・ピューの湿度に目を見張った。2023年、『ザ・カース』など八面六臂の活躍を見せたベニー・サフディも怪演。最注目の俳優、作家だと思う。

たまたま手元にあったとは言え、ニルス・ボーア(映画ではケネス・ブラナーが演じた)とハイゼンベルクの1941年の会談を描いたマイケル・フレインの戯曲『コペンハーゲン』を読んで『オッペンハイマー』を予習したのはそう遠くなかった。過去と現在がシームレスに移動する、こちらも主観についての物語。こんなセリフがある。
ハイゼンベルク「一物理学者に、原子力エネルギーの実践的活用を研究する道徳上の権利はあるのでしょうか?」。
長内那由多

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