ganai

オッペンハイマーのganaiのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

公開初日にIMAXレーザーGTで鑑賞。

事前情報で聞いていたしノーラン監督作では多い手法だったおかげで時系列が錯綜する構成については混乱せずに観られました。

物理学の知識が無いよりは有った方が楽しめそうですが、セリフの言葉通りにそういうものなんだという理解だけでも話の筋は追えました。少なくともテネットよりは分かりやすく感じました。

ノーランの過去作「インターステラー」がキューブリック監督の「2001年宇宙の旅」とよく比較されるように、本作はノーランによる「博士の異常な愛情」と同系列の作品だと言えます。

本作で一番興味深かったのは第二次世界大戦時代を描いたカラーパート「Fission分裂」で、マンハッタン計画以前にオッペンハイマーが取り組んでいたテーマがブラックホールの研究だったり、彼の興味が化学だけでなく文学、語学、絵画を始めとする芸術分野に深く及んでいた事で、その素養のためか原子の世界を直感的に思い描けたり、人から聞いた話をリアルに幻視してしまうという描写が度々出てくるところでした。

特に印象的だったのは英国に帰還途中の爆撃機からそれを追い越して飛んで行くドイツのV2ロケットを見たというパイロットの話を聞いて、自らも機内からロケットを幻視(このカットはラストでもう一度繰り返される)し、やがてそれが原爆を搭載した核ミサイルが飛ぶビジョンに変じ、以後ナチより先に原爆を完成させるモチベーションにつながっていきます。ナチへの危機感だけが彼のモチベーションだったかといえばそうでは無さそうだったけど…

共産党員で愛人だったジーンが浴槽で怪死した報を受けると、黒手袋をした何者かが彼女の頭を浴槽に突っ込む幻視を見てしまうシーンにもゾッとします。

でも、やはり圧巻だったのは広島への原爆投下後のスピーチ中に核爆発に人々が焼かれるビジョンを視るシーンでしょう。

賛否が分かれる描写ですが、ここで本当に観ていて背筋がゾワゾワして不快な気分になったのは私が日本人だからなのか?
他国の人にも高揚以外の感情が湧いた事を望みたいと思うのは高慢でしょうか?

ここまでの感情を呼び起こす効果はIMAXの大画面と座席を震わせる程の音響に拠っている事は確かで、それ以外でもフローレンス・ピューの背中の産毛が輝く様まで細かく映す精細さなどは感心するしかありませんでした。

ロバート・ダウニー・Jrが演じるストローズの謀略によるオッペンハイマーの失墜が描かれる赤狩りと冷戦の時代を描いたモノクロパート「Fusion融合」で、彼が視た最後のビジョンはナチによるV2ロケットと彼が開発した核爆弾が文字通り融合した核ミサイルが地球を焼き尽くす世界最終戦争でした。

映画では赤狩りで失墜したオッペンハイマーの名誉回復に力を貸した一人として若きロバート・F・ケネディの名が登場するけれど、彼の政権時にキューバ危機により核戦争勃発寸前となったのにも運命を感じます。

オッペンハイマーがやらなくてもいずれ誰かが原爆を開発しただろうというのは映画で示唆されていたし、その使用の決定は政治という危うい土台の上になされるという危険性を警告するこの映画の意義は認めざるを得ませんが、科学者、軍人、政治家について「彼らにも色々な事情があった」という描き方は個人的には少々不満があり、彼らをことごとく狂人として描きブラックユーモアとしてこき下ろしたキューブリックの「博士の異常な愛情」を超える事は無かったと思います。

(あくまで私の好みという意味で、どちらも複数回の視聴に耐え、そのたびに新たな発見があり、映画史に残る優れた作品だと思います。)
ganai

ganai