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オッペンハイマーのinotomoのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.4
第二次世界大戦の最中、物理学者のロバート・オッペンハイマーは、原爆を開発するマンハッタン計画に関わり、リーダーとして手腕を発揮する。多くの科学者の協力もあり、原爆の開発は成功。後にそれは世界大戦を終わらせる目的として兵器として使用され、日本に投下される。原爆により多くの人が犠牲になり、甚大な被害をもたらしたことを知ったオッペンハイマーは後悔し苦悩する。戦後、東西冷戦時代に突入し、水爆の開発に反対の姿勢を示したオッペンハイマーは、原子力委員会の議長、ルイス・ストローズと対立していく。スパイ容疑をかけられたオッペンハイマーは、ストローズにより仕掛けられた聴聞会に臨むが、そこでかつて共産党員と関わりを持っていた事実を突きつけられる。
今年のアカデミー賞で作品賞や監督賞はじめ7部門で賞を獲得。監督は「ダークナイト」「インセプション」を手がけたクリストファー・ノーラン。

なるべくネタバレなしで書きたいところですが。

3時間に及ぶ大作かつ力作。そして難解。映画評論家の町山さんが、5回鑑賞してやっとわかったと言っていたけど、これを見ると「インセプション」なんてめちゃくちゃ分かりやすい作品に思えてくる。「メメント」や「TENET」のように時系列を操作して入れ替えて物語を紡いでいくのが得意なノーランの持ち味が存分に発揮された作品。

①若きオッペンハイマーが物理学を学び、学者として成長し、やがて原爆を開発しそれを成し遂げるまで②冷戦時代に突入して、オッペンハイマーがソ連側のスパイ容疑をかけられて聴聞会に臨む場面③オッペンハイマーと対立するストローズが商務長官として任命されるかどうかを決める公聴会。(ここでラスト近くにあまりにも有名な政治家の名前が出てきて、ほーっとなります)
この3つの場面が交差しながら映画は展開していき、①と②はオッペンハイマーの視点で、③はストローズの視点で描かれる。聴聞会や公聴会の背景をよく知らないと、若干置いてきぼりになってしまう感があるし、それが3時間続くと辛いものがあるので、できれば歴史的事実など予習してから見ることをおすすめしたい。ただ、パズルのピースが次第に埋まっていくように、オッペンハイマーの人生とたどってきた軌跡が明らかになり、物語として出来上がっていくその様は、映画としてすごくよく出来ていると思うし、編集も見事。3時間の長尺で、オッペンハイマーの学者としての軌跡や背景を丹念に描いたからこそ、ラスト近くの聴聞会での尋問シーンのクライマックスがグッとくる場面になっていると思う。また、オッペンハイマーの脳内の映像を、そのまま見せるかのような、斬新な映像と音楽。このイマジネーション豊かな映像が、間違いなく作品のアクセントになっていて、オッペンハイマーの学者としての非凡さを表現することにも繋がっていたと思う。原爆で被害を受けた日本の人々の描写があまりないことが批判の対象になっているけど、実際の被害の様子を見ていないオッペンハイマーが、自分の脳内で原爆で黒焦げになった人間の幻想のようなものを見る場面や、「私の手は血で染まった」と心情を吐露する場面で、彼の後悔と苦悩が伝わるし、あえての直接的な場面がなくても良かったのではないかと感じた。

登場人物がめちゃくちゃ多いので、そのキャラクターの背景を追いかけるだけで大変なので、やはり予習はしておいた方がいいと思うし、知っていることで楽しめるポイントがあると思う。実際に起こったことを扱っているので、その重みも感じつつ鑑賞する面白さがあると思う。有名なアインシュタインとの絡みも多く出てくるけど、アインシュタインの功績とかをよく知らなかったので、そのあたりも興味深かった。また、共産主義者に対する締め付けが厳しい時代であったことが、大きなポイントになっているので、そのあたりも知っていると良いかもしれない。

ナイーブで決して器用ではなかったオッペンハイマーが、原爆の父と呼ばれるまでに至ったのは、プロジェクトを進めるにあたってのリーダーシップやプレゼン力に長けていたのではないかという解説があった。実際マンハッタン計画に関わった学者達の中に、後にノーベル賞を受賞した人が何人もいたけど、オッペンハイマーはノーベル賞を受賞していないのも気になるポイント。

ビー玉のような瞳とその表情、ナイーブかつ説得力溢れる演技でオッペンハイマーという人物を演じ切ったキリアン・マーフィーは素晴らしかった。完全無欠のヒーローではなく、欠点もあるオッペンハイマーという人物の特性がよく伝わった。また、悪役として、もう1人の主役として、狡猾な野心家のストローズを存在感たっぷりに演じたロバート・ダウニー・Jrも良かった。決して良妻賢母ではない、オッペンハイマーの不貞や育児に苦悩しながらも、オッペンハイマーの尻を叩く妻のキティを演じたエミリー・ブラントもすごく良かったし、オッペンハイマーと恋仲になり彼に多大なる影響を与えたジーン役のフローレンス・ピューのセクシーさも印象に残った。フローレンス・ピューもそうだけど、ラミ・マレックみたいに旬の俳優が出てきたり、かつてアイドル俳優として人気だったマシュー・モディーンやジョッシュ・ハーネットが年齢を重ねて老け役をやっていたり、マット・ディモンのようなスターや、ケネス・ブラナーなトム・コンティのようなイギリスの名優が出ていたり、キャストも豪華。あと、カメオ出演である俳優がある場面に出てるのも見どころ。

普段は予備知識なしで映画を見るタイプなので、充分に楽しめなかった部分もあったかもしれない。見終わったあと、色々な解説を読んだり、動画を見て、そうだったのかーと知るポイントがいくつかあり(映画の中でも詳しく解説されていなかったりする)それを踏まえてまた見てみたい作品。ただ映画館で再見はちょっと辛いかな。
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