メッチ

オッペンハイマーのメッチのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.7
破壊者は世界を破壊しなかったが、破壊者から周りの者に連鎖し、そして世界を破壊した。

まず、日本の配給会社ビターズ・エンドさまに敬意を表します。クリント・イーストウッド監督が『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』と作ることで、戦争を偏った視点でみるのではなく、双方の視点でみることで善悪という端的なものではないという戦争の残酷さを伝えていたように、本作はそれに近いものがありました。
それに、これから世界を変えてしまうような些細な発見は連鎖的に重大なものになってしまう恐怖。これからの脅威となる何かに警鐘をしているようでもありました。

あらすじは、オッペンハイマーの半生である量子力学に魅了される学生時代からマンハッタン計画の成功とソ連のスパイとして容疑をかけられるまでを描いた作品。

ただ本作も過去の作品と同様に、構造というか時系列と視点の切り替わりが複雑。幸いなことに、核分裂のオッペンハイマー視点(カラー)と核融合のストローズ視点(モノクロ)だったためなんとか話についていけた気がましたが、難しい…。
公開前から難しいという意見を伺っていたため、鑑賞前に早川書房さまから出版されている『オッペンハイマー 上巻・中巻・下巻』を読んだうえで鑑賞しました。そのためか、時系列はなんとか付いていけました。
ですが、情報量が多く、付いていけたつもりになっているのかもしれません。原作も全体の3割くらいしか理解出来ていなかったけれども、映像化されることで理解が深まった気がしましたし、時系列と主要人物たちの心理描写を読み、私の中に落とし込む努力は出来ました。
でも、それ以外のことに理解に苦しみましたね。量子力学の件もそうですが、赤狩りの件でしょうか?
ひとつの敵に向かって国が一つになっていたのに、その敵がなくなったことによって、今までの仲間を疑う切替わり様。共産主義という考えの違いで、壁をすぐに作れる心理。少しでも関係していれば、容赦はしない姿勢。少なくとも私には、理解に苦しみました。

本作の中心となるマンハッタン計画の始まりから成功までのシーンには、気持ちの悪さが私にはありました。画面上で原爆が作られていく過程が流れて、一種のお仕事映画のようにもみえます。が、原爆という負の産物が出来上がっていく、恐怖に立ち向かうための抑止力を作り上げるはずが、全てを恐怖で支配できる装置を作り上げたようにみえた気がしました。
もう少し咀嚼していうと、多くの人の命を奪う兵器の完成を喜ぶロスアラモス研究所のメンバーと原爆を投下に成功したことを喜ぶその当時のアメリカ国民。それとこれで多くの人の命が奪われたことを知って鑑賞している私の間には、想像力の欠如の差と被爆国とそうでない差からは、戦争というものは人の道徳的な思考を乏しくさせるものなのだと。もちろんこの後には、作り上げてしまったと思わせるものがあったことで、不思議と怒りはなかった。が、可哀想だと思ってしまう気持ちと非道徳的な思考に恐怖を覚える気持ちが混在してしまったから、私の中で気持ち悪さが留まってしまいました。

最後に、私にはこの作品はどんなに恐ろしいホラー映画よりも恐ろしい映画だった。人間の好奇心と嫉妬と狂気それらが、事実上にあったうえで歴史が動いていたことを思うと恐怖でしかなかった。オッペンハイマーという人物は変わり者ではあるけど、学も地位もありリーダーシップに長けた分影響力があった故に、人から恨みを買ってしまう。核分裂という発明から世界が分裂の連鎖していく恐怖のように。
でも、その恨む人もその他の人もオッペンハイマーについて完全に理解はしていなかったし、私も本作も原作を読んでも理解が出来なかった。彼自身も原爆を作り上げてしまったことに苦悩はしていましたが、止められる機会はあってもそれはスルーしていた。亡くなるまでも答えは導けたのか本人にしかわからない。
破壊者は、トリニティ実験で数%の差で"地球"を破壊しなかった。だが、ひとつだった世界を"分裂"させてしまった。それが史実なのだから尚更、恐怖でしかなかった。それがこの映画を鑑賞した私からいえることです。
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