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オッペンハイマーのEyesworthのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.9
【人類のプロメテウス、殲滅のカウントダウン】

クリストファー・ノーラン監督のアカデミー作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞等最多の7冠を受賞した作品。

〈あらすじ〉
第2次世界大戦下。アメリカでマンハッタン計画が極秘裏に立ちあげられる。参加した天才科学者J・ロバート・オッペンハイマーは、優秀な科学者を率いて、原子爆弾の開発に成功する。しかし、投下された原子爆弾が引き起こした惨状を知った彼は、深い苦悩を抱える…

〈所感〉
映画館にてファーストデイで話題作を鑑賞。
我々日本人は絶対に見てはいけない…
いや、日本人なら絶対に見るべき映画。「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーという男の栄誉と汚辱に塗れた生涯を彼自身の視点と米原子力委員長ルイス・ストローズの視点の双方から描き出す。他の方も言うように事前にある程度の人物と内容の情報をインプットしていないと、「この人は一体誰で今何が起こっているんだ…?」と目の前で繰り広げられる内容について行けなくなり、理解が難しくなってしまう。話のテンポとカットが小気味よいだけにこの映画を100%楽しむためにまず追従することに専念すべきだ。私も生半可な知識でこの映画に臨んだのは良くなかった。しかし、それでもノーラン映画をある程度見てきたためか時系列のバラツキには耐性ができており、ほ〜これとこの場面が繋がるのか!と感心させられた。最初こそ『メメント』のように、ははーんカラーは逆行でモノクロは順行なんでしょ?とタカをくくっていたが、ノーランはそんな単純な真似はしなかった。ロスアラモスでの原爆の実験の際の爆発の瞬間の無音と閃光、そして後からやってくる轟音と衝撃。このコントラストが素晴らしかった。そしてこれか何かヤバい出来事が起きる…と予感させる観衆の地団駄が恐ろしい。高揚した集団は倫理的な善悪の判断すら不可能になっているという暗示のようだ。そう犠牲者ははるか遠くの日本人やドイツ人でアメリカ国民の勝利に結びつくのだから嬉しいに決まっている。しかし、我々日本人からしたらそこが溜まったもんじゃない。京都は美しい都市だから外した?ふざけるな!広島と長崎も美しい都市だ!と言い返したいが中核都市として妥当な判断だったのだろう。革命はテレビには映らないの如く、原爆の被害に苦しむ広島市民、長崎市民の姿はこの映画に映らない。だが、確実にオッペンハイマーという人類のプロメテウスによってもたらされた早すぎる武器により何十万人の日本人の命が奪われたのだ。オッペンハイマーに対する歓喜と賞賛、と悲痛と非難はコインの裏表であり、どちらも彼に相応しいものである。彼の功績を称えることは何十万人の人の命を愚弄することでもある。それでも、私は科学の向上に生涯を捧げた彼は偉大すぎる人物だと考える。日本国民としては原爆投下は愚かな行為だと考えるが、世界市民としては彼の行為は正しかったと思う。核の脅威によって互いの額に銃を突きつけあって保たれている現在の平和が本物かは疑わしいが、それでも今我々は平和を享受して、暖かい服を着てポップコーンを食べながら三時間も座って米国人が制作した原爆映画を見ている。信じ難い時代だ。彼に後悔と苦悶の表情がある限り故人は救われないが、我々は救われる。そんな風にこの映画を見た。でも、やはりこの映画に対する日本映画側のアンサーは必須である。それが山崎貴監督になるか誰かがそれを作ってくれることを心から願う。そうして初めてこの作品が日本でも本当の評価を得られると思う。クリストファー・ノーラン監督は面白ければなんでもあり!と言った感じのエンターテインメント寄りの監督という印象だったが、このパンドラの箱よりも蓋が開けにくい原爆という題材を料理して、見事に映画人としての貫禄をつけたように思う。アカデミー賞授賞式では、巨匠スティーブン・スピルバーグからオスカー像を授与され、名実共にハリウッドの頂点に君臨した。時間と映像の魔術師クリストファー・ノーランによってまた一つ映画史に燦然と輝く作品が刻まれた。ノーランの時代に生まれて良かった。映画を好きになって良かった。そう思わせられる作品だった。
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