シン

オッペンハイマーのシンのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ノーラン監督の狙い通り、カラー部分ではオッペンハイマーの視線で物語が進み、彼の世界に入り込み進んでいく
尋問会では、オッペンハイマー同様、絶望に近い感情を抱き、「なぜ国家のために尽くしたのに?」「正しく核軍縮、水爆反対を唱えたのに」と、オッペンハイマーを庇いたくなる思考にまで持っていかれる
迫ってくるような万雷の拍手の中、急に訪れる閃光、静寂、黒焦げの少年を踏み潰す音には心臓がキュッと縮む
直接的な原爆の描写がない事は知っていた
オッペンハイマー自身があの場に居合わせず、ラジオなり電話で報告を受けたという点を再現しているのだろう
あくまで彼は開発者であり、使用者ではない
自らの手に負えない物を生み出してしまった苦しみを抱える1人の人間

ただ、オッペンハイマーの物語から心が乖離してしまったシーンが、原爆を落とす都市を選定する会議
オッペンハイマーは、迷いはあるものの、申し訳程度の反対
会議全体は和やか
その結末を知り、どれだけの人の命が失われたのかを知る日本人として、感情が揺れた
京都が候補から外れた話が有名だが、文化財保護、ハネムーンに訪れたという小話が当たり前に出てくる様子が、これから起こる事をまるで理解しておらず虚無感に襲われる

恐らく、観客の体験として、マンハッタン計画成功後、苦悩しつつ、時代に翻弄されたオッペンハイマーという1人の物語を体験し、最後のシーンで彼が始めた物語の延長線上に今も生きている事を知らされる流れが理想的なのかもしれない
ノーラン監督が今作を製作した背景に自身の子どもが原爆の存在に慣れてしまっている状況に危機感を覚えた、というような記事をみた
日本以外に住む現代の若者、冷戦以降の人々にとっては今作に触れることに大きな意義があるだろう

鑑賞後、ゆっくり考える内に、個人の確執から共産主義か否かで没落するオッペンハイマーに対して、「その程度のことで?」という気持ちが出てきた
何万人もの命を奪う兵器を作ったという罪は、自身の中で苦悩はあれど、他者から問われることは一切ない
アメリカが原爆を肯定的なことは知っていたが、今作の持ち味である疑似体験によって一層理解させられた
ドイツがあのまま原爆に成功したり、仮に日本が使用していたら、その発明者に命はなかっただろうと思う
結局は戦勝国の物語
アメリカで原爆に対して少しでも批判的な作品が作られて、評価されている事は何かしらの希望かもしれない
ただ単に、自国より力をつけつつある他国への畏怖からくるのかもしれないが
シン

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