靜

オッペンハイマーの靜のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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感情の起伏は鈍く感動しない良い映画だった。
感動は物事をどこかあやふやに収束してしまう力があるくせに扱いやすくて性質が悪いから、わたしは戦争や暴力装置を扱った作品で感動したくない。オッペンハイマーには感動しなかったので安心した。ずっと真顔で観ていた。

ロスアラモスの家にキッチンがないことに気づかない/気にしないオッペンハイマーが印象的だった。彼の関心の幅を端的に示していて、そのバランスの悪さがどうというわけではなく自分とはまるで異なる人間でただ面食らって面白かった。慧眼にして盲目な人。真実はいつも一つで数式には答えが付いているけれど、それを扱う人間は個人ですら複雑なのに複数人になるとより混迷を極めていくから見通しが悪くて困るね。落とし穴だらけだし。核兵器開発を起点に絡んだ糸の合間を縫うように進む映画だった。「戦争を終わらせる」という言葉も、目標に向かって邁進する様子も、宙ぶらりんになった核を納める先を検討する様子も、実験が成功した時の皆さんの喜びも笑顔もすべてが上滑りしていく感覚があり虚しかった。映画も虚しさを虚しさのまま扱っていたから存分に虚しく浸った。別件での台詞だけど「犯した罪に対して同情しろと?」という言葉がよく効いている。

折に触れて「日本は戦争を絶対にやめない」と言われていて、自ら戦争をやめることが出来ない大日本帝国の性格を敵国も嫌というほど認識していたところに苦い気持ちになる。「原爆投下により大勢の命を救った/戦争を終わらせた」認識の存在を知ったのは大人になってからで、前向きにも程がある思考でぶったまげたけど一方通行の教育だけでは不十分で偏りが出るものだと思った。家族旅行で広島の平和記念資料館に行った時に、展示を食い入るように見ながら小さな声で「オーマイガッ…」と口にする外国人女性を見た。わたしはまだ子供だったので「本当にオーマイガッて言うんだ〜…!」という点に意識を持っていかれたけど、その女性も一方通行の教育からは見えていなかった面を見て驚いていたのかもしれない。オーマイガッて感覚は大事だ。わたしも何度でもオーマイガッて局面に出くわして狭い知見をがらがらと崩したい。

原爆が投下されていなければ日本はどうなったのだろうか(どちらが良かったかの話ではなく)と考えると、沖縄戦で行われていたようなことがそのまま場所を変えて降伏するまで日本各地で起こり、上層部は呪いのような言葉を残しながら屈辱を受ける前に我先にと自害し、屍になった命令が軍人と国民を地獄に引き摺り込むだけ引き摺り込んで終わったかもしれないなと思う。年明けに行った千葉/鋸山登山道までの道中で見た複数の壕は本土決戦を見据えて作られたもので、分かれ道のもう一方を想像させる真剣な生々しさだった。どの分かれ道の先も結局は戦争なので惨劇しか用意されていない。
映画内容はオッペンハイマーの伝記なのに、同年の日本がどんな状況だったかをずっと照らし合わせて考えて観ていた。自分の手を離れていろんな人の思惑と共に動き出したものを止められないのは共通点。戦争は嫌だよ。科学は人を幸せにするためにあるのだと科学者全員「Dr.STONE」を読んで肝に銘じて欲しいよ。

今作で一番怖いのは“ほぼ0”という確率で実施された実験ね。
靜