えむ

オッペンハイマーのえむのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.9
なんとも感想の書きづらい映画だ。

国と歴史は関係なく、大きなプロジェクトに知的好奇心や熱心さを利用され巻かれていった1人の科学者の伝記を淡々と観る……その視点で鑑賞するよう心がけてはいたんだけど、それでも少しモヤっとした気持ちは残るのは、日本人だからだろうか。



どんな人だって、動物だって、「自分の安全を守りたい」というニーズは世界共通。
だから、原爆投下で日本を駆逐した、という大統領の演説と、その後のオッペンハイマーの演説に歓喜する客の喜びは致し方ないと思う。
そりゃそうだ、戦争が終わるのは嬉しい。
それはわかるよ。
そこは理解出来る。


ただ、そんなふうに観ていた私も、同時にモヤモヤとした気持ちも吹き出した。
頭で理解出来る、ニーズに共感できることと、1個人、人としての感情や感覚は別。



なんだろう、敵国なのはおいといて、人として実際に多数の民間人が被害を受けてるのに、同じ民間人が明け透けにネタにして笑ってるのが引っかかる。

私ならば、自分と同じような巻き込まれた民間人が被害にあっていることに少しくらいでも想いをはせるなら、少なくとも「(やられた方の)日本はイヤだろうな」というジョークには、あんなにゲラゲラ笑えない。
なんならオッペンハイマーの人格疑う。



「本当はドイツにも落としたかった」にさらに盛大に盛り上がっているのを見て、この根っこは「結局ユダヤを虐げたナチスへの恨みつらみ」であって、そもそも日本が本来の標的でも何でもなかったし、ヤツらに勝ちたかっただけじゃん、日本どうでも良かったんじゃん、それに巻き込まれたのか、なんなのさ、という気持ちになって、どこかで急激に冷めてしまったというか。


オッペンハイマーも科学者である以上、ただのクレイジーなまでの知的好奇心、研究者としての探究心であったなら、まだ気持ちはもう少し納得出来ただろうに、あんたもそうかい。
がっかりだよ私ゃ。

まさに、浮気相手が死んだ時に腑抜けた夫に檄を飛ばすオッペンハイマー夫人の「そんな事しといて今更同情しろっていうの?しっかりしなさいよ」の心持ちである。



この映画では、原爆のくだりのあと日本の本当の悲惨な現状に少しも触れることはなくて、ほぼ科学者の成功談として描かれていること、その後も淡々とオッペンハイマーのその後が語られて最後に勲章を貰うところまで描いていることからわかる通りシンプルに伝記、ではある。


ただこの描きかただと、米国人、あるいはこの映画を観た、原爆後の日本の姿を知らない世界の人達からしたら「オッペンハイマーは原爆の父で偉大な科学者」なんなら「結果的には戦争止めた人」「巻き込まれて可哀想」って評価で終わる人もいるだろうなと思うと、なんかモヤる部分が残る。


描かれているのは全部、「人はいくら理想を掲げていても、一皮剥いたら私的恨みつらみと己の欲で好き勝手に他人や才能や状況を都合よく使おうとする」「大義抱えたら何でもあり」な人間のエゴの欲深さの部分なので、原爆が関わる割には、ストレートには平和への祈りが見えてこない。


唯一淡々と描かれるオッペンハイマーの苦悩から、人間ってどんなに成功や賞賛を手に入れても幸せになれるわけじゃないとわかる。

そして結局権力者の側は意にも介さず、戦争は終わらない。
核を作り続ける。

それを見せるのが、この作品での反戦の表し方というか。


平和への想いを誰にでも分かるようにもう少しまぶして欲しかったというのは、それこそが被爆した日本という国の民の業でエゴなんだろうか。


最後まで集中して観られたということは、作品の出来そのもの、クオリティは良いということなんだけど、やっぱりモヤモヤは止まらない。
えむ

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