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オッペンハイマーのyassoonのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.8
凄い事を考えたから形にしたい、それを使いたい、でも酷い事態は出来れば避けたい。だって、にんげんだもの。

バイオピックなので、実際に起きた(と思われる)事の是非よりはこの作品の出来にフォーカスしないといけないのだが、名前だけは知っていたオッペンハイマーという人物と彼がした事、彼の周囲で起きた事を今回初めてちゃんと認識したため、この一連の出来事自体がどうだったのか?と思わざるを得ない部分はあった。

オッペンハイマーは厳しく糾弾されるが、その理由はもちろん原爆を開発したからではなく、共産党のスパイ容疑と水爆開発に後ろ向き、という二点。明確にアメリカからの視点を感じるポイントだった。

天才的な学者達はその職業上(本質上?)、思い描いた理論を実現させたいし、成功させたいし、成果を出そうとする。戦争が終わるかどうかの瀬戸際でその成果物が自国の犠牲を最小限にとどめ、戦争を終わらせ、兵士達を祖国へ帰らせるのだと説得されたらそりゃ道徳心も揺らぐよ。良心の呵責から20億ドルもかけた国家プロジェクトを停止するのと、推進派の意見や大多数の世論に従って研究や実験を武器として使用するのでは、後者の方が楽だもの。その行為は責められないどころかアメリカでは英雄的でもあるし。

でも自分の心の声は欺けない。何が起こるか本人達も分かっていたし、忠告・警告する者、反対する者もいた。頭の中で主張する両者の意見「なぜ止めなかった?実際には想像以上の惨劇が起こってしまったぞ!」「いや、原爆を使う事は必要だった!」が原爆投下後、常にオッペンハイマーを苛んだだろう。でもそれくらいの影響力の大きさと責任の重さだったんだよね。その後の世界情勢を一変させるほどの。武器を使ったのは直接的には彼じゃないとしても。

多くの先進的なテクノロジーや化学が元々は軍用で開発されてきた事を考えると、潤沢な資金と絶大な権限を持つ軍、そしてそれを保有する国家はその成果を必ず転用して破壊や殺戮のために使う存在、と思った方が良いんだろうか。

作品の話に戻ると、後半が特に息苦しくなる堂々とした大作だったが、手放しで絶賛!とはならず、気になる点もいくつか。

前半はオッペンハイマーの「見えてしまう」演出がこれでもかと繰り返され、効果音含めてIMAXでの見応えがあったが、ルドウィグ・ゴランソンの劇伴が少しうるさく感じた。オッペンハイマーをフィーチャーしたイメージ・ビデオっぽいというか。音楽で盛り上げ過ぎで、音楽ずっと鳴り過ぎ。

核実験の静寂の中の成功(いつもの「映画における核問題」で、あんな風に実験を眺めてて大丈夫だったのかな?放射能だけじゃなく高熱の爆風とか我々の知っている「原爆」の威力が軽く見積もられすぎな気がしたが、充分離れていたって事なのかよく分からなかった)からの高揚感をきっかけに、原爆投下へのカウントダウンが始まったところが作品中で一番怖かった。原爆を使わずに勝つ方策を練るより、使ってソ連や他の列強国(敵も味方も関係なく)へアメリカの国力を見せつける方を選んだんだな。誰も使っていない、大きな威力のある武器があれば使いたくなってしまうし、権力を持った者が止めたくないのだから止まらない。使用に反対していた学者達も成功の高揚感には勝てない。これは全てを歪める戦争なんだ。

後半のオッペンハイマーの聴聞会とストローズの公聴会のシーンがあんなに長いとは思わなかった。広島・長崎への原爆投下以降は核開発を武器に転用してしまった事実への悔恨の時間が長いとばかり思っていたので。原爆投下を決めるミーティングののほほんとした雰囲気から受けたショックより、ロジャー・ロッブの詰問とストローズ委員長とオッペンハイマーの妻キティー2人のキレ芸の方が自分には精神的ストレスが大きかった。まだ繰り返しこれを見せられるのか?という…。でもロジャー・ロッブを演じたジェイソン・クラークは顔が四角くくて脂っこくて好き。

これでもかと出てくる有名俳優陣。キリアン・マーフィーはキリアン・マーフィーではなく完全にオッペンハイマーその人のように思って見ていた。1人体を張る演技のフローレンス・ピュー。あの審問会場での空想セックス・シーン、必要だったの?彼女だけなぜあんなに執拗に裸にならねばならなかったのか…理解に苦しむ。オッペンハイマーも唐突に裸になってたけど。あのシーンだけ別の作品のようだった。審問により丸裸にされる、みたいな事を表現したかったんだろうか。あとキティーのラストの握手拒否からの表情。ちょっとした笑い要素、ここに要る?重苦しい雰囲気だけで終わりたく無かったとか?とにかくクリストファー・ノーラン、不思議な監督。

トルーマン、腹立つなぁ。原爆投下に関してはトルーマンを憎んでる人より、オッペンハイマーを憎んでる人の方が多いと思う。トルーマンが難しい決断をしたと世論は受け取ってないと自分は思うし、彼が後々原爆投下の是非について苦悩したようには思えないけど、大統領はあれくらいの精神の人物じゃないと務まらないのかも?と思ったり。『あぁ、これがウィキペディアで読んだあのセリフか!』の確認作業も。演じたのがゲイリー・オールドマンとは気が付かなかった。そして他にもあんな人やこんな人が出てくる中で、おぉその端正な顔立ちはデイン・デハーン!どこ行ってたの?久しぶり!

ストローズ、RDJそのままじゃん!助演男優賞にも納得。地を出して演じただけな気も?エミリー・ブラントは大好きな俳優さんだけど、キティーのキャラクターに共感できず、いつも通り上手いとは思うものの本作での演技はあまり自分の好みでは無かった。

時系列や異なる視点からの語りによる複雑さと、関係した人物が入れ替わり立ち替わり登場する複雑さ、共感性がなく欠点も多いオッペンハイマーという人物の複雑さ。それらを断片的に見せるのが3時間を乗り切るノーラン監督の工夫(もしくは単に作家性)だとしたら、本作ではそれがあまり上手く機能しなかったように思う。理路整然ではない人間の複雑さと、思ったようにはならない現実の難しさを彼のいつものやり方で作品に持ち込まなくても良かったんじゃないかな…。

最後に、この規模の大作にしてはエンドロールが短く感じた。さすがの監督のCG嫌い。
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