ジェイコブ

オッペンハイマーのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

第二次大戦後のアメリカで、一人の男に関するスパイ疑惑が大きく取り沙汰された。男の名はロバート・J・オッペンハイマー。日本との戦況を大きく変えた原爆の開発者であり、当時最も称賛された科学者の一人である。ロバートはマンハッタン計画において原子力爆弾の威力を目の当たりにし、自らの功績に歓喜すると同時に人類を滅ぼす力を世に解き放ってしまった事を恐れた。戦後、ソ連との冷戦が始まり、核開発が盛んになると、ロバートは水爆の開発に反対する。原子力委員会の委員長であるストローズはロバートの存在を疎ましく思い、彼を排除すべくソ連へのスパイ疑惑で告発する……。
巨匠クリストファー・ノーラン監督最新作。2024年のアカデミー賞を受賞し、大きな話題となった。
3時間という長時間に多数の登場人物、さらには一瞬でも気を抜いたら置いていかれる難解なストーリーなど、これぞノーランといわんばかりの作品なのが本作。史実のロバートはというと、当時の大統領トルーマンからは、「泣き虫」とクソミソにけなされ、アインシュタインからも「バカ」呼ばわりされたという。また、晩年は共産党との関わりがあった事からジョセフ・マッカーシーによる赤狩りに遭い、スパイ疑惑は晴れたものの、業界から追放されるなど散々なものだった。ロバートは数学や物理学に特化していたアインシュタインとは対照的に、幅広い分野の学問にも造詣が深かったことから大学の学生からの人気は高かったという。
特筆すべきは原爆を開発した後、大勢の観客に称賛されるオッペンハイマーが見た被爆者の幻覚。原作のアメリカンプロメテウスには無かったこの場面では、被爆者の役を演じていたのは監督ノーランの実の娘であるという。これは本作が如何に世界全体で語らなければならない差し迫ったテーマであるかを物語っており、それは「核の脅威」というノーラン作品では異例とも言うほど、メッセージを前面に強く押し出していることからも窺える。
ノーランが自身の作品で一貫して描いている発明や知識を備えた人間の危うさであり、本作では劇中でロバートが投げられた物理学300年の結晶が大量破壊兵器か? という台詞がその象徴と言えるだろう。藤子・F・不二雄のSF短編「ある日…」の中で「世界を数百回焼き尽くすだけの火力があり、ほんの少しの火花で十分」と語られているように、オッペンハイマーが核爆弾を開発して以来、人類は自らを滅ぼす事をいとも簡単にできるようになってしまった。本作にも登場したアインシュタインは、第三次世界大戦については言及しなかったが、第四次世界大戦があるとすれば、人類は石と棒で戦っていると皮肉っている。本作は日本人にとっては最悪の胸糞映画だが、イランやイスラエルという核保有国同士の戦争が今まさに始まろうとする今の時代に、必要な作品であると断言できる。