きざにいちゃん

オッペンハイマーのきざにいちゃんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2
二度見してのレビューである。
実は初見時は食後の満腹状態かつ、事前の情報インプット無しで臨んでしまい、ついて行けなくなった。セリフの情報量と登場人物が多い上に質量の大きな3時間尺の作品を観るにはそれなりの準備がいることを痛感し、猛省しての二度見である。

クリストファー・ノーランはダークナイト以来の大ファンなので、どうしてもひいき目にみてしまうが、それでもやはり今作は秀作である。
重厚な反戦映画であり、世界の各地で戦争が多発して核戦争のリスクが増大する今、時宜を得た作品と言える。

被爆地の広島や長崎の惨状描写がないことで公開前から物議を醸したが、結論としては自分はこれでいいと思う。

物語はオッペンハイマーの視点で描かれ、彼が実際に見ていない被爆地の様子は描けないというのが大きな理由の一つである。
それでもなお描くとしたらどうするべきか…
CGや特殊メイクを駆使したような“作り物”のシーンはどれだけ出来が良くても(逆にそれがリアルであるほど)物議を醸すだろう。
実際の被爆映像や写真を使うのも違うように思う。映画が平和記念資料館の展示資料のハイパーリンクになってしまい、「核兵器がもたらすもの」を訴える映画としての力が弱くなるし、新鮮さもなくなる。
この映画で描くべきは被爆地の実際の惨状よりも、原爆を作ってしまった人間の心象風景の惨状である。それは原爆の実写映像同様の、苦しみに満ちた地獄絵なのかもしれない。
そんなものはビジュアルシーンとして描くことなど出来ないのである。ビジュアルシーンだけでなく、様々な角度からオッペンハイマーという人間の内面の変化や葛藤を描くことで、それを観た者が結果として核兵器の惨状を自身の内面に投影、形成することを企んでいるのが今作だと思う。だからこれでいい。

社会劇、政治劇とするだけでなく、オッペンハイマーの愛人や妻とのドラマを同時に絡めて描く手法も映画に豊かな厚みを加えていた。聴聞会でのキティ夫人のシーンは圧巻だったし、紆余曲折を経ての二人の成熟した大人の相互信頼は、味わい深く渋みのあるラブストーリーだった。

初回はドルビーシネマで観たのだが、原爆実験のシーンの轟音は凄まじかった。Apple Watchが「このレベルの大音量の中に居続けるのは危険」という90db超えのアラートを出すほどの大轟音で、ビリビリとした振動は足元に風さえ感じて思わず声が出た。二度目のノーマルではそれはなく、ドルビーシネマの音響威力を改めて思い知らされることになった。

まだまだ語り尽くせないが、なかなか初見だけでは十分味わい尽くせない、複数回の鑑賞で理解や気付きの深まる秀作だった。