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オッペンハイマーのshioのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8
「One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify.(1人の殺人は犯罪者を生み、百万の殺人は英雄を生む。数が(殺人を)神聖化する」
ー チャップリン「殺人狂時代」

この言葉は納得も理解もしていたつもりだが
実際にはそんなことはないのかも知れないと
感じた今作

何から話せばいいのか…

⬜︎まず音がすごい。
IMAXでもDolbyでもないシアターだったが
BGMもSEも流石としか言えない。
バッチバチに五郎六腑に響き渡る音。
映画館で見るべき映画はこうあるべき。


⬜︎次に脚本
こちとらMarvel作品のおかげで
3時間なんてものともしない耐性を持つが
とんでもなく濃密な3時間だった。
深夜1:15〜の上映で見たが
全く眠くならなかった笑

ダークナイトとかもそうだけど
クリストファーノーランの作品は
良質なプレゼンを見せられている気分になる。

良質なプレゼンの共通点は
「結論から言う」そして「テンポが良い」

今作も、複数の時間軸で話が進み
一見すると分かりにくいが
物語が進むにつれて理解できるし
基本的に
「誰かのセリフ」→「実際のシーンはこちら」
という展開になっている。
「裏切りのサーカス」も同じフォーマットで
話が進むがアレはややこしかったなぁ。
やろうとしてできることじゃない。

そういう意味で
こっちが着いていけるかのギリギリの
テンポ感で話が進むノーラン作品はすごい。

また次の話への展開がシームレスすぎる。
登場人物も多く、出てくる用語は難解。

まるで五条悟の無領空処のように
大量の情報がいつまでも完結しない。
それほど情報量は多いのに
どういう方向に話が進んでいるかは
掴めているという不思議。

正直
「今のシーンどういう意味?」
「◯◯って誰だっけ?」という場面はあったが
その程度の情報はその程度の理解で大丈夫と
テネットで実証済み笑

もちろん理解していた方が面白いので集中する。
普段は
「この後こうなるんだろな」みたいな
展開予測したり
「ここはこうなった方がおもろくない?」とか
考えながら見てしまうが
今作はどんどんどんどんのめり込む内に
この映画の「今」以外考える余地はなくなる。
思考の没入体験とでも言うべきか。
いとおかし。


⬜︎映像表現が秀逸
ノーラン監督といえば
インターステラーで描いたブラックホールが
その5年後にNASAが
最新鋭のカメラで観測したブラックホールと
瓜二つだったというくらい現実に忠実だが
聴聞会の部屋で
文字通り丸裸にされるオッペンハイマー
そしてそのまま妻の目の前で
おっ始まっちゃうシーンは
現実に忠実だからこそ際立つ異質さだった。

他にも
・足音が軍隊の行進に聞こえるカット→実験後に回収
・緊張感高まるシーンで顔アップや素早いカット切替
・聴聞会ピカドン
・悪魔のようにすら見えてくる原爆の豪炎

素晴らしい。


⬜︎涙の理由
実験成功後に同僚たちと讃えあうシーン〜祝賀会のシーンでは
涙を流していた。

それが
「葛藤するオッペンハイマーへの感情移入」なのか
「1人だけ浮かない顔をしていた博士への無念を慮って」なのか
「日本人としての哀しみ、悔しさ」なのか
「人類もしくは生物としての痛みへの共感」なのか分からない。

正直、愛国心みたいなものは希薄な人間だが
この一連の史実について無知ではいけないと思った。
関連作品を見ようと思ったし
いつかお好み焼き以外の目的で広島に行きたい。


⬜︎言葉の重み
サラッとピックアップすべき名言が多かった。

「間抜けな軍服は脱げ。君は科学者だろ」
「量子力学は?」「基礎なら」「よし、全てやり直しだ」
「自分のことを最低と言える人間は最低じゃない」
「一緒にワシントンに行くべきか?」「何のために?」
「ドイツにも落としてやりたかったよ!」
「あの泣き虫を2度と呼ぶな」
「広島への投下は成功したと証言しましたよね?」「技術的には」
「物理学300年の集大成が爆弾か」


正確に覚えてないからもう一回見たい。
また、作中とは別作品の
色々な名言が脳裏をよぎった。


『Breaking Bad』ガスフリング
「男は提供するんだ。男は感謝されなくとも、尊敬されなくとも、たとえ愛されなくとも供給するんだ、なぜならお前は男だからだ。」 

メインのテーマではないが
作中で描かれた妻が強くてカッコよかった


『アイアンマン』トニースターク
「使わない武器が最強だと言われる。私はそうは思わない。1度で勝負が決まる武器が最強だ」

このセリフを言ったRDJが出てるってのもまた…
流石にすごい演技だった。
何が起きたのか分からなからないくらい
前半と後半で彼の見え方が変わってくる。
他人や国が罰するのではなく
自分で自分を否定させる。という罰。
うーん、胸糞。


『アイアンマン3』マヤ・ハンセン
「科学者はいつだって純粋なの。人間のエゴが純粋な理想や探究心を持つ研究者に道を誤らせる」

そうだよ、そうなんだけどね…


自分の父親(笑)
「ライターで火をつける以外何するんだ?」

自分が小学生の時に運動場でライターを拾い、学校裏の秘密基地に置いておいた。数日後、自分がいない時に友達が火遊びしているところを近隣住民に見つかり全員校長室へ。秘密基地は解体。廃材を持って帰宅。教師だった父親が帰ってきて俺のことを怒る訳だが、「自分は実行犯ではない」「拾ってきただけ」と弁明しようとした。その時に言われた一言。
人生で初めて「完全論破」を経験した瞬間だった笑

物には作られた目的と用途がある。

今作に置き換えてみれば
「兵器作って人を殺す以外何するの?」
ということだ。

そう、この映画の面白いところは
葛藤する原爆の父に対し
同情させたり、自己矛盾を描いたり
共感させたり、エゴイズムを描いたり
しているのだ。

そこに善悪などない。
厳密に言えば
善も悪も存在し、複雑に混ざり合っている。
正当化するでも、神格化するでも
否定するでも、断罪するでもない。
非常に難解で重厚な映画でした。

p.s.
The Boysのヒューイ、ストレンジャーシングスのパパがいて興奮しましたが、ゲイリーオールドマンがマジでカメレオンすぎてどこにいたか分かりませんでした笑
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