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オッペンハイマーのmplaceのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.4
数ヶ月前にベルリンの映画館で鑑賞したが、その後内容の咀嚼に時間がかかった。一時期SNS上で話題になった、米国の劇場で笑いが起こったと言われる問題のワンシーンについて、私が上映を観たベルリンの観客からもやはり失笑とも言えるような少しの笑いが起きた。その瞬間に日本人の私が感じた戸惑いと、そこから自分は何を思うかをここに記しておきたい。

そのシーンは話題の通り、スティムソン陸軍長官とマンハッタン計画チームが完成した原爆を日本のどの都市に落とすかを相談している場面である。
ここで京都をリストから外した理由をスティムソンが「自分が新婚旅行に行った街だから」と発言した瞬間に会場に笑いが起こった。

ニューヨークタイムズが行ったノーラン監督のインタビューによるとあのセリフはスティムソンを演じたジェームズ・レマーによるアドリブであったという。俳優が自ら行ったリサーチによるとスティムソンが実際に新婚旅行で京都を訪れたという事実があった為、その情報を元にアドリブでこの発言をしたということだが、それはつまりその瞬間は周りの俳優達の反応もいわばアドリブ的であったという事になる。

ほんの短いシーンだったので彼等の表情の違いなどよく見比べた訳ではないが、その一瞬の、彼等のそれぞれの表情にある程度のグラデーションが出ていたように思う。そしてそれは映画の中だけでなくそれを観ている周りの観客の反応にも間違いなく波及していた。
流石に爆笑みたいなものはなかったが、冷笑、失笑あるいはクスクス笑い、それ以外はシーンとしている、という反応のグラデーションである。人々の価値観の違いを確実に洗い出していた。一種のモラル・テストのようなものだったとも思う。

この短いシーンが映画全体に何か大きな影響を与えたとは別に思わないし、この表現があったから素晴らしいとも勿論思わない。ただ、ノーランの映画は、特に同じく戦争を扱った「ダンケルク」でもそうだったように感情を抑制したトーンで進む代わりに、時折登場するちょっとした「事件」が結果的に人間の生々しい感情をピンポイントで際立たせる事に成功していると思う。
原爆の被害をオッペンハイマーが観ている時の表情にあえてフォーカスしたのも、そのような意図があったのではないかと思う。

何が言いたいかと言うと、私が正義と信じる物事が、人によってはそのように捉えられないというある一つの哀しみのようなものを私はこのシーンとこの瞬間に感じたように思う。そして無意識のうちに逆の立場になっていないかを自問自答する。

しかし「世界というのはそんなもの」である、という理不尽さにぶち当たりながらも戦争のない平和な世界を少しでも希求していきたいと改めて思わせてくれた映画だった。

ちなみに補足しておくと、ドイツの映画館で上映されるハリウッド系の映画はドイツ語吹き替えになっている事が多いが、ベルリンは英語圏を始めとする国際的な観客が多い為、オリジナル音声にドイツ語字幕で上映する映画館が割と多く、私がこの作品を観たのもオリジナル音声のものであった。
つまりここに集まっていた観客も必然的にドイツ人以外の様々な国籍の者が多かったはずであるという事を付け加えておきたい。
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