ブルームーン男爵

オッペンハイマーのブルームーン男爵のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.9
第二次世界大戦下において、原爆を開発する極秘プロテスタント「マンハッタン計画」を率いたオッペンハイマー博士を主題とした歴史映画である。下馬評では、米国讃美・核使用の正当化ではないかと言われていたが、内容はオッペンハイマーの半生に迫る力作であった。第96回のアカデミー賞では日本作品も2作品(「君たちはどう生きるか」及び「ゴジラ-1.0」)が受賞しているが、いずれも第二次世界大戦時が舞台であり、なんとも歴史を振り返る受賞作が多かった。

本作はオッペンハイマーの私生活、核兵器という非人道的な兵器にまつわる開発者の苦悩、レッドパージなどの政治的な背景などが複雑に絡み合いながら、オッペンハイマーという個人の半生を見事に描写し映画に落とし込んだ傑作である。なお、本作は、2006年にピュリッツァー賞を受賞したノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」をベースとしている。アカデミー賞では作品賞・監督賞など7部門を受賞しているが、受賞も納得の出来栄えである。

上映時間は3時間に及び、さらに時系列や人間関係が複雑なうえに、情報や映像描写の密度が高く、一度観て全てを把握するのは困難といっていい。事前にある程度予習はしていたが、クリストファー・ノーランよろしく、やはり時系列操作がやや複雑で、ついていくのが大変だった。時系列を並行させていたのは、オッペンハイマーと彼を貶めようとする男の結末の対比を見せるためだったと分かるのだが、登場人物も多く人間関係も錯綜するので、理解が大変だった。

さらに本作は物理学や世界史・政治史の背景の理解も必要である。学者でいうと、説明不要のアインシュタインや、完全性定理、不完全性定理のゲーデルやら、ノーベル物理学賞受賞のイジドール・イザーク・ラービなどオールスター登場でいかに核兵器開発が物理学者の英知の結晶だったのかが分かる(劇中で、物理学の300年の結果が大量破壊兵器と苦悩する様子も描かれているのだが)。また、米国における共産主義者への迫害(レッドパージ)も本作の伏線を成している。そして、ジョン・F・ケネディの名も登場するとは。

全体的に「音」にやや恐怖を感じたが、オッペンハイマーの当時の追い詰められた状況が聴覚的に表現されていたと思う。なかなか細部の作り込みがすごいなと思うのだが、彼のみる幻想に出てくる粒子と波のようなシーンがあるのだが、量子力学(粒子と波動の二重性)を視覚的に表現しているのかと途中で気が付いた。

非常に濃密でよくできた作品だったと思う。