乙郎さん

オッペンハイマーの乙郎さんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.3
多分最遅レビューではなかろうか。原始爆弾の開発者であるJ・ロバート・オッペンハイマーについて描いた伝記映画。クリストファー・ノーラン監督。
 ノーランは得意な監督ではないか、割と楽しめた。ただ、自分は原作に該当するカイ・バードとマーティン・シャーウィンによるノンフィクション本『オッペンハイマー:「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(早川書房)を先に読んでいたので、ある程度エピソードの理解に混乱が生じなかったというのはある。こうやって書くと知識を前提とした映画なのかと思われそうで、映画を観る者にどの程度の教養が求められるかというのは難しい問題だと思わざるを得ない。原爆って何?日本に落とされたの?みたいなのは当然論外なのだろうけど、オッペンハイマーについてある程度の知識ーーー奇人であること、原爆を開発したこと、戦後は訴追され一時その地位を奪われたことーーーくらいはまでは、常識として求められているのかもしれない。
 さて、映画の感想だけれども、散々いわれていることではあるが、この映画はオッペンハイマーの主観で描かれており、彼の奇人エピソードなどはだいぶ省略されている(毒林檎のエピソードは相当彼の立場を危うくした)が、キリアン・マーフィの演技で補完している印象。オッペンハイマー自身の主観と歴史が重なる点としてトリニティ実験を画的にも頂点として持ってきたのは正しい。ただ、ノーランについてはこの映画に限った話ではないが、大きな音に頼りすぎな気はした。物語の構成としては2010年以降の流れである時系列のシャッフルーーー『ソーシャル・ネットワーク』(‘10)や『J.エドガー』(‘11)のそれーーーそれにしてもアメリカ映画ではアメリカの歴史におけるトラウマ的なものと個人を重ねるときに意識の錯綜とでも言うべき描き方を行う傾向がある気がする。
 おそらく、自分はこのある種の軋みに好感を持ったのかもしれない。オッペンハイマーという人物は、ピノキオや人魚姫のように、あるいは『イミテーション・ゲーム』(‘14)で描かれたアラン・チューリングのように、元々非人間的な特徴を持った人物が、その才能を開花させ社会に適合していくうちに人間に近づき、それゆえに人間の悲しみを知ってしまうという部分がある。そこがとても人間くさく、また、確かに日本への原爆投下を推進したが戦後に原水爆に対する運動を行うなど、自分の中でも矛盾した要素、メタ的に言えば、原作が文庫本だと3巻で1500ページ近くになり、その大半が議論で構成されている、とても映画化に向いているとはいえないものを映画化した際に生じる軋み、そことの符号。おそらく何も知らずに観た時には感覚的なものしか残らないと思うが、そこが楔となる。それがこの映画の最初の役割だろう。
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