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オッペンハイマーのBOBのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.3
今年度アカデミー賞で7冠に輝いた、クリストファー・ノーラン監督の最新作。

"Now I am become Death, the destroyer of worlds."

疑いようもない大傑作。原爆についての映画ではなく、反戦映画・反核映画というわけでもなく、ロバート・オッペンハイマーについての伝記映画だったなという印象。時系列操作とスペクタクルな映像により、ノーランらしい歴史伝記映画に仕上がっていた。ノーラン作品の中で、一番好きな作品になるような予感がしている。

自分にしては珍しく原作を読了して鑑賞した。"原爆の父"ロバート・オッペンハイマーという人物に純粋に興味があったし、〈登場人物が多い・会話劇中心・時系列が入り乱れる〉ことは事前に耳にしていたので、情報処理に追われるだけの劇場鑑賞にはしたくなかった。結果として、ノーランがいかにあの原作を映画化したのかと、豪華俳優陣の演技に集中することができたという意味で大正解だった。

原作を読んでいたからこそ、ノーランの映画的ストーリーテリングの巧さに感服させられた。〈青りんご事件〉や〈シュヴァリエ事件〉など、オッペンハイマーの重大な過去のエピソードをカットバックで繋げていく構成は、伝記映画にありがちな長くて退屈な説明描写を省き、映画ならではの時間感覚で、要点を効率良く纏めることに成功していた。細かいカット割りは、ロバート・オッペンハイマーのカリスマ的天才さ、頭の回転の速さを観客に陶酔的に体感させる役割を果たしていたし、ノーランお得意のシステマチックな構成は、"理論派天才物理学者"のイメージとの親和性が高かった。

本作の特徴である、1954年秘密聴聞会にて追及を受けるオッペンハイマー軸と、1959年公聴会に出席するストラウス軸を交互に描く構成も効果的だった。オッペンハイマー視点の主観描写でオッペンハイマーへの感情移入を観客に促しつつ、ストラウス視点の批判的な客観描写によりオッペンハイマーを英雄視させないよう考慮されていた。また、原作では主に後半パートで活躍するストラウスを、ヴィランの立ち位置で映画の序盤から登場させることも可能にしていた。更には、異なる2つの時間軸で起きた出来事を、共通する1つのトピックで補完的に繋げることにより、ドラマの文脈を理解しやすいようにも工夫されていた。一見ややこしそうだが、実は親切設計だと感じた。

序盤から度々挿入される爆発、雨、雲の断片が、オッペンハイマーが見た核戦争の未来の断片だったと判明するラストにも唸らされた。単純な反戦・反核メッセージではなく、地球を壊滅させる力を秘めている原爆について、或いは核のある世界について、もっと知れ!もっと学べ!もっと考えろ!という、原爆の父から全人類への警告と受け取った。

キリアン・マーフィーの名演技に魅せられる。原爆を開発し(てしまっ)たことにより、栄光と転落を経験したオッペンハイマーの天才さと高慢さ、大胆と繊細さを見事に演じ切った。アカデミー主演男優賞受賞は文句なし。アカデミー賞授賞式でも見せた、どれだけ成功していても奢らず飾らず、謙虚さと感謝を忘れない彼の人間性には好感しかない。

ノーラン作品には珍しく、表情のアップショットが多用されていた印象。ノーラン作品は、感情移入の難しい"バカな"キャラクターが後先考えずに突っ走っていく作品が多いと捉えているが、本作は感情移入できた。自分の好みは、人間の葛藤が感じられる作品の方だと再認識した。

日本でも劇場公開してくれたことには感謝するが、なぜこれほど公開が遅れたのかについては疑問が残る。日本において"原爆"という言葉はセンシティブにならざるを得ないのは理解できる。ただ、そもそも映画を観るか観ないかの選択は観客の自由だから検閲行為はやめて頂きたいし、この内容であれば"注意喚起した上での公開"で問題なかったように思う。むしろ、核戦争の脅威が、環境問題や貧富の差といったより身近な社会問題の影に隠れてしまっているように思われる昨今、アメリカ視点ではあるものの、原爆に世界の関心を向けさせた本作の功績は大きいと感じる。世界で唯一の被爆国である日本人こそ観るべき作品だと思ったし、本作をきっかけに国境を超えた建設的な議論ができれば尚良いことだと思う。

ゲイリー・オールドマン、初見で誰が分かんねん。

ここからは完全に余談。23:20終了の回で鑑賞し、色々と物思いに耽りながら帰宅の途につき、そのままベットへ直行したのだが、驚くことに自分が映画『オッペンハイマー』の中に入り込んだような夢を見た。オッペンハイマーから講義を受け、核爆弾らしきものの開発に携わり、映画内のオッペンハイマーみたく、トリニティ実験の成功をロス・アラモスの同僚たちから万雷の拍手で迎え入れられた辺りで目が覚めた。こんな経験は生まれて初めてだった。映画の力って凄い!笑

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