このレビューはネタバレを含みます
オッペンハイマー、めちゃくちゃおもしろかった……!
大きい視点で核兵器の是非を問うのではなく、オッペンハイマーという共感に値する人物を描くことで、核兵器による被害を、単純に一人の科学者が生み出した「過去の悲惨な出来事」として描くのではなく、人類全体の業が生み出した、現在の世界が現実に直面している危機として描いており、核に関する議論を一つ上の段階に推し進める力のある傑作だったと思う。
オッペンハイマーのパートでは、原爆の父としての一義的な側面ではなく、一人の血の通った人間としてのオッペンハイマーの人生を描いている。
ホームシックな留学生。
嫌がらせしてくる教授に殺意を抱く。
人並みに認められようと努力する。
師や仲間と苦労しながら学問を追求するひたむきさ。
女癖が極端に悪いこと。
戦争や社会を憂いどう貢献できるか模索する姿。
お世辞にも完璧な人物とは言えないけど、だからこそ十分共感に値する人物であることがとても丁寧に描写されていて、そういった共感できる人物が「戦争を終わらせる」「独裁者の手に渡してはならない」といったポジティブな感情に突き動かされて、最悪の兵器を作りうるという人間の危うさが描かれていた。
もう一つのストローズのパートでは、世論や証言を狡猾に操り、私怨を果たそうとするストローズの顛末を通して、事実はいかようにも操作することができるという、社会全体がはらむ危うさが描かれているように思う。
そういった十分間違いを起こしうる人間や社会が、自らを滅ぼすことのできる兵器を手にしてしまっている事実は理屈抜きに本当に恐ろしいし、単純な反戦・反核を超えた本質的なテーマだと思う。
それから、核兵器そのものの恐ろしさの描かれ方がとてもユニークですばらしいと感じた。
被害の様子を露悪的に描くのではなく、開発者であるオッペンハイマーがそれを開発し使用することでどうなるかを「知っていた」という恐ろしさ。
数万人が死ぬことを知っていた上で科学者として取り組んだこと。
核分裂が世界に広がる可能性も0ではなかったこと。
ときに批判的に、ときに効果的な手段として原爆投下を支持していたこと。
投下後の称賛と罪悪感。
核兵器の恐ろしさを表現するには被災地の描写は不可欠だ、という批判もあるけども、もし過去のヒロシマ・ナガサキを映像で露悪的に表現したとしたら、「過去の悲惨な出来事」としか感じられなかったと思うんだよね。投下から80年弱経って、イデオロギー抜きで自分を当事者として規定できる人はなかなかいないと思う。
「使った」という事実・歴史ではなく、恐ろしさを知っていてもなお「今後も使いうる」という点にフォーカスするスマートさ、クレバーさもこの映画の見どころだと思う。
映像面では、いつものような飛行機爆破とか病院爆破とかドッキング実験とか、そういう目立ったものは少なかったけど、やはり映画として訴えてくるパワーがある、ノーラン監督作品だな、と感じた。
あとはもう俳優陣が豪華でめちゃくちゃ贅沢。最高。
おもしろかった!