幽斎

ノースマン 導かれし復讐者の幽斎のレビュー・感想・評価

4.2
レビュー済「ライトハウス」Robert Eggers監督が北欧神話やヴァイキング伝説をベースに描く、叙事詩的アクション・スリラー。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

スウェーデン出身ハリウッドで最も成功したAlexander Skarsgard。父親は国民的名優Stellan Skarsgard、3人の弟Gustaf、Bill、Valter、全てハリウッド作品に出演歴の有る名門一家。彼が子供の頃からヴァイキングの歴史や北欧神話に魅了され、A24の傑作スリラー「ヘレディタリー/継承」プロデューサーLars Knudsenに、本作の企画を相談。彼は一度メジャーWarner Bros.からヴァイキング映画を打診されたが、資金難で頓挫。

監督は「Sögur」中世アイスランドの神話が好きで、夫婦で旅行に行く程の熱意。国民的ミュージシャン、Björkからレビュー済「LAMB/ラム」脚本家Sjón Sigurdssonを紹介され、ヴァイキング映画の構想を練る。ソレを伝え聞いたAlexanderは「是非、一緒に」自身の企画への合流を打診。資金は今度こそAlexanderが担保する事で、配給はメジャー、ユニバーサル傘下Focus Features。興行成績は初登場4位と惨敗で大赤字でも、配信セールス好調でBlu-ray販売チャートも1位。制作が当初予定されたA24なら?と言うifも。

Sjónが書き上げた「The Northman」、ハリウッド映画でも突出した徹底振りで、歴史考証として1477年に創設された北欧最古スウェーデンのUppsala Universityの考古学教授を抜擢。首都レイキャヴィークの国立大学University of Icelandから民俗学とヴァイキング史の教授を加え、William Shakespeareの悲劇「ハムレット」原型と言われるスカンディナヴィア伝説の人物Amlethをモチーフに採用。監督は世界的に有名なヒロイック・ファンタジー「コナン・ザ・グレート」を手本として完成させた。

スウェーデンとアイスランドのお墨付きを得たが、ヴァイキングと言えばNicolas Winding Refn監督「ヴァルハラ・ライジング」デンマークの国民的スターMads Mikkelsen主演で描かれた作品が記憶に新しい(と言っても2009年製作)。荒々しいイメージが有るので映像化され易いが、監督が史実をトレースする等、創る訳も無く不吉なプロットを禍々しく見せるのは「ライトハウス」実証済。ミステリー専門の私からすれば、此の監督にこそ「オリエント急行の殺人」「ナイルに死す」監督して欲しいと思う位、ラディカルなセンスが卓越してる。

監督の才能とAlexanderの熱意に惹かれ作品規模に反比例した豪華スターが集結。Nicole Kidman、Ethan Hawke、Anya Taylor-Joy、Willem Dafoe、ちゃっかりBjörkも。弟達も出演が検討されたが、スケジュールの都合で他の俳優に差し替えられた。大抵スケジュールの都合と言うのは鵜呑みに出来ないが、残虐なヴァイキングの復讐劇が禍々しく「兄貴、チョ待てよ」思ったかも(笑)。製作前から予算超過が見えたので、遠慮したのだろう。

「復讐は何の為に?」的な考察はファンタジーが得意な方に任せるが「ライトハウス」が難解で意味分らん方は私のレビューが些かの参考に為ると思うが、プロダクションを北欧で固めた本作は、監督からすれば、好き放題出来る公園の感覚だったと思う。「ライトハウス」の謎を解く鍵がクトゥルー神話にギリシア神話をゴチャ混ぜした様に、国の歴史が浅いアメリカ人はイギリス王室に異様に憧れる。アメリカの建国が1776年、本能寺の変が1582年ですから、歴史的なスケーリングは全然お話に為らない。つまり、アメリカ人は「神話」に物凄く惹かれるしとても弱い。

一方でアメリカではShakespeareの「ハムレット」は人気が無い。伝統を重んじるコンセンサスが彼らには無く、イギリス人、イタリア人、日本人なら咀嚼出来るが、アメリカ人は御伽噺では無く、現代社会に疲弊した中で神話と言う世界観で、自分達のポジショニング、辛辣な事を言えば惨めな生活の自分はなぜ生きてるのか?。ソノ答えを神話に求める。神話の世界なら自分達の願望が物語として反映されるから好きなのだ。日本人がヴァイキングを時代劇の様に脳内補完出来るのとは訳が違う。

「Toxic masculinity」有害な男らしさ。女性を見下すような男性優位の意識は改めましょう!とメッセージ性の高い作品ばかり創られますが、本作は神話の世界なのでお構いなし。9世紀末のスカンディナヴィアで待つのは男らしさの地獄絵図。肉弾がブッ飛び女を犯すと一等賞。男は冷酷な獣に成り一滴でも多くの血を浴びようと村を略奪し虐殺して奴隷として売り飛ばす。アニメで人気の異世界転生したら、有害な男らしさの万華鏡。観客は奴隷にされる野蛮な争いを見せられるだけで、ハリウッド映画(本作もソウですけど)の正義のヒーローは出て来ない。監督は「正義なんて何処にも無いんだ!」徹底的に突き落す。ヒロイックな色彩を排除する事で見えるモノが有る筈だと。

本作はスカッと爽やかコカ・コーラ的な爽快感はゼロ、アベンジャーズの様なカタルシスもゼロ。在るのは容赦の無い残酷と破壊と言う名の負の快楽、神話と言う世界観で陶酔を味わう背徳感。監督にAgatha Christieの作品を描いて欲しいと思うのは、社会に対する「風刺」の精神が浮かび上がるから。本作は単にヴァイキングが暴れて、あー面白かった。ではなく、神話を肯定する考えは精神面で思考が後退する事を指し、フランス人、ドイツ人、中国人は自分達が優れた民族と自惚れする「優越主義」の表れで、ソレはナチスと同じく非常に危険で、政治に対して強権を求める。ソレってヴァイキングのやってる事とウクライナ侵攻は同じでは無いか?、と映像で雄弁に語る。本作は正しく見れば、鉛の様に重いテーマも透けて見える。

「ライトハウス」と本作に共通するのは、監督は黒澤明を師匠と敬愛、Shakespeareの「マクベス」を戦国時代の侍に置き換えた作品に感銘を受けたと言う。本作との類似点も多く、課された宿命は死と言う代償を払うに値する。主人公が信じた道と事実は違う事に気付かされるが、私達の生活も常に見掛け通りには行かない事にも通じてる。

黒沢監督へのリスペクトを随所に感じる、名作「蜘蛛巣城」ヴァイキング映画として蘇る。
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