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アダム:エピソード2のdm10foreverのレビュー・感想・評価

アダム:エピソード2(2017年製作の映画)
3.7
【彷徨】

ニール・ブロムカンプ(いつのまにかFilmarksではブロンカンプってなってた)の短編集「Oats Studios」の中の一編。

『~Episode2』っていうくらいだから、当然Epi1もあるんだろうけど、何故かFilmarksには「~2」と「~3」しか収録されていない。

ってことで気になったので早速「Youtube」にて検索し、Epi1を発見し視聴。

・・・なるほど、これを観ることで「~2」への繋がりもよくわかる。

「~1」では、重罪人として捕らえられた人間が、気が付くと機械(マシン)に改造され、挙句『共同体」とされるコミュニティから追放されるシーンが納められている。
これによって、彼ら(機械人たち)がどういう存在なのかが理解できた。
そして、その上での「~2」。

彼は共同体で一体何をしたのか?
何故「機械人」にされてしまったのか?・・・

物語の舞台は近未来。
「共同体」というコミュニティで人間と機械が共存関係(というよりは機械による支配に近いかもしれない)が成立していた世界。

しかし、機械にとって人間の「個性」は最大の敵であり、人間の持つ脳は共同体にとっては無益なものとされていた。
それは「個性」「理性」「判断」と、千差万別なものであり、徹底した集団統治をおこなう中にあっては「毒」となりうる存在。

それでも「機械に従っている」うちは人間のままでいても放置されるが、人間らしい行動(個人の理念や欲求に基づく行動)を起こした者は「重罪人」として人間である権利をはく奪され、体は機械に改造され脳の記憶も消されてしまう。

しかし、機械は彼らを殺さない。
過去の記憶を失った機械として解き放たれるのだ。

しかし、随所に残る断片的な違和感。
過去の記憶は失われていても、機械である自分が自分ではない感覚。

そこで告げられる真実。
「鏡が過去の自分を映し出す。鏡とは心の軌跡である。」
そして男の元へ現れる「鏡」。
彼女は男に「お前は政治的反逆者である」と告げる・・・。


最初にこのエピソードだけ観ても「なんのこっちゃ?」と?マークが10個くらい浮かんで来たんだど、エピソード1を観た後でこのエピソードを見返すと、実はキチンとした設定で描かれていた物語であることがよくわかった。

機械にとっては、人間が人間らしくいること自体が「無益」であり「毒」であるという一貫した価値観。
そして、徹底的にその人間性を排除することを目的としている。

ちょっぴり「ターミネーター」のような世界観でもあるけど、ある意味では、機械が人間の「存在」ではなく、人間が持つ「人間らしさ」を排除の対象にしているところが興味深かった。

果たして機械から「反逆者」と名指しされてしまった彼の運命は・・・

Epi3へ続く。
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