菩薩

四畳半タイムマシンブルースの菩薩のレビュー・感想・評価

4.5
かつてカピカピの大学一回生であった私の目の前に広がるはずの薔薇色のキャンパスライフが如何にして灰色の散々たる日々に姿を変えたかに関しては既に『夜は短し歩けよ乙女』の項にあまりにも虚しくまた無意味につらつらと書き連ねておるので改めて書き記す意思はまるでなく興味・関心・心当たりのある酔狂なお人がいるならばはそちらをまず一読頂ければと思うが、この物語は3回生になった「私」とお馴染みの面々のたかだか2日間及び99年前と25年後とを巡る一見すると壮大な様に思えるが決してそうではない四畳半の様にこじんまりとした話である。碁盤の目の様に丹念に張り巡らした伏線が逐一丁寧に回収されていく様は改めてある種の快感と感嘆をもって迎えざるを得ないとは言え話の基礎それ自体は『サマータイムマシン・ブルース』で既に履修済みであるがそれ自体がこの作品に対する評価の瑕疵となる事はまるでなく、むしろ舞台を件の下鴨幽水荘に移し五山送り火を間近に控えた夏真っ盛りの京都の街の片隅で繰り広げられる古びたリモコンと酷暑の日々を生き抜く為の生命線たるオンボロクーラーを巡る四方山話との化学反応は宇宙の崩壊どころか新たな銀河系を創出するかの如き圧倒的爆発力を有するものであり、その中で燦然と輝く明石さんの煌々たる佇まいは夜空に瞬くどんな一等星よりも眩しくまた尊いものであったと言わざるを得ない。暗澹たる現在を少しでも明るい陽光差し込む未来へと導く為に我ら非力な人間に出来る事は決して過去を振り返りそれを変える事により新たな夢を見る事ではなくと言うか過去はもう過去そのもので確固たるものとして存在しているから無意味であり、現在それ自体の形を少しずつ少しずつ丁寧に練り直し決して惑わずとは言わぬが決断すべき時に決断しそして行動すべき時に行動する事、あの日納涼古本市に出向く明石さんの背中を追いかけるだけ追いかけついぞ一声もかけられなかった「私」のこれからは憎らしい程の自信と希望に満ち溢れそこで語られぬも悟れる2人の行く末に私は悔しさのあまり口に咥え力の限り引き伸ばしていたハンケチを静かに両眼から落ちる一筋の雫を拭う為に移動させたのであった。偏愛と言われればその通りでありなんら反論の余地はなく、『サマータイム〜』は履修済みでも四畳半神話大系が未履修であればなんのこっちゃで終わってしまう可能性は十二分にある、ただ私は私のなんら価値の無いちっぽけな自信と売れる程に有り余った巨大な無責任とをもってここに断言しよう、そう傑作であると。
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