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イニシェリン島の精霊のIDEAコメント休止中のレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.8
『スリー・ビルボード』でも描かれた、人間の愚かしさとも言うべき感情の負の連鎖が今作でも鍵となる。
ふとした瞬間に燻り始めた火種はあっという間に心を覆い尽くし、周りの人達をも飲み込み深い傷を負わせる。

海の向こうに見える本土は内戦に荒れ、ここイニシェリン島にも不安感を煽る砲弾の音が鳴り響く。
昨日までの友が突然敵になる恐怖。
なぜ争わなくてはならないのか?という最大の疑問には、現実世界のあらゆる諍いと同じく明確な答えは示されず、真っ暗なトンネルに取り残されたような絶望感が忍び寄る。

"人生は死ぬまでの暇つぶしではないのか?"
希望のないこの言葉が頭に鳴り響く。
人間死んだらそこまで。50年後には私が何者であったかなど忘れ去られる…。
認めたくなくともいつの間にか背後に立っているようなこの絶望が、この口を、この手を、人を傷つけるように仕向けるのである。

振り上げた拳を下ろすことは何より困難が伴う---。
人の悲しいさがを間近で感じることができる傑作。


パンフレットは今作を読み解くキーワードや深掘り解説など読み物が充実。
海岸に佇む2人の男(と犬)が哀愁を漂わせる表紙のビジュアルは、傑作に相応しい雰囲気で良し。

なお、序盤は「何が言いたいの?何がしたいの?」と次々に湧いてくる疑問符が少し煩わしいが、不穏さが際立ち始めてからは物語の虜となることだろう。
しばらく辛抱して観るが吉。