ゆかちん

イニシェリン島の精霊のゆかちんのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.3
ただの中年男性の仲違い話のようで、アイルランド内戦引いては現代の戦争のメタファー的なものなのだろう…でも、この作品の真意がサクッとはわからない…本当に人間関係のこじれだけなのか、もしや難解なのかな🤔
あと、閉塞感ある無知な者ばかりの田舎を悪く描いてるな〜w
…というのが最初の感想。

でも、帰りながら色々考えを巡らすと、ふむふむと。考察というのか、味わう作品なのかな〜。人によって色んな感想が出てくるだろうから、見て回るのが面白い作品なのかも。

前半は、田舎のアイルランドの島(イニシェリン島は架空らしいけど)の美しい雄大な風景に引き込まれつつ、登場人物の会話劇に思わず笑っちゃうとこがちょこちょこあるので、楽しく見れた。映画館で笑い声も出たほど。
でも、後半にかけては、歯車が狂いだして不穏感と緊張感が走り、雄大な島の景色も冷たく退屈に見えてきて、これどうなるの?と不安にもなり、重く悲しかった。
こういう脚本の流れが良いんだろうな〜。
そして、「人間」を描いてるなぁ〜と感心。

更に、コリン・ファレルやブレンダン・グリーソン、バリー・コーガンの演技が良くて引き込まれる。
彼らのアイルランド訛りの英語も。
ハの字眉毛のコリン・ファレル…。
あ、でも今作は、ロバや馬、犬などの動物たちも名演技やった!!




1923年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。
住民全員が顔見知りのこの島で暮らすパードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から絶縁を言い渡されてしまう。
理由もわからないまま、妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人ドミニク(バリー・コーガン)の力を借りて事態を解決しようとするが、コルムは頑なに彼を拒絶。ついには、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とすと宣言するーーー。



●個人の話
ドミニクが「12歳かよ!」て言うてたけど、まさに。
パードリック(コリン・ファレル)からすると、「突然お前が嫌いになった」と親友と思っていた人から言われたら、そりゃ動揺するし元に戻りたいと行動するのも無理はない。
お前は退屈だから、俺に関わるなと言われ、自分だけ無視。他の住民には変わらない態度。そりゃ、なんとかして元通りになりたいと思うやろな〜。なんかイジメみたいやん、と。

一方、コルム(ブレンダン・グリーソン)からすると、この先の自分の人生を考えた時、ウダウダと無駄話を聞いて時間を過ごすよりも、自分の時間を作って成し遂げたいことに集中したい。だから、パードリックとは距離を置きたい。
まあ、こっちもわかるかなぁ。パードリックはええやつやけど、彼のペースに付き合って自分のやりたいことが出来ないのは時間の無駄と考えるのもわからんでもない。
現代において、付き合いで〜みたいなのに付き合って、その時間自分がやりたいことできないというのに無駄やなと思うのと近いのかなと。

要するに、価値観の違いというか。
コルムは「考える人」で、パードリックは「考えない人」と言ってたように。

現代でも、「誰かとつるんでないと嫌な人」と「自分時間が欲しい人」てあるやつみたいな。
誰かとつるんでないと嫌な人で、勿論パードリックみたいに良い人もいるんだけど、自分時間が欲しい人からしたら、ちょっと邪魔になるよね〜。
でも、いくら無駄だと思ったからといっても、ああいう対応はどうなのかなと。

パードリックやコルムに足りなかったのは、「相手の気持ちを考えること、思いやり」「相手の価値観を尊重すること」。
2人とも自分のことしか考えてない。
パードリックも、コルムの気持ちを考え、価値観を尊重できるなら、関わるのを満足するまでよせば良い。
コルムも、考える時間が欲しいのなら、パードリックを一方的無視ではなく、いつまでとか、この日は、とかにすればいい。

…なんかでも、こういうの小・中学生くらいな話じゃない?笑

イニシェリン島の人たちを見てると、小・中学生の頭悪いレベルで止まってるんやな〜と。
あのドミニクの父親警官も、噂好きで人のプライバシー無視の店のオバハンも。
ただ、これは狭いコミュニティあるあるなのかもな。視野が広れば、他者の気持ちを考えることも学ぶだろうに。あと、距離を置きたいなら行動範囲を別にすればいいんだから。
どうしても避けられない人間関係によって縛られる。狭い中にいるから、これしかないと思い込んじゃう。外からみたら、そうでもないのに。

てか、コルムも本当にパードリックを嫌いになったわけでもないんだよな〜。
パードリックが警官に殴られて倒れたのを無言で助けて送ってあげたり、ロバの死を面白がりパードリックを傷つけようとする警官を殴ったり。
あと、パードリックが話しかけてきたら、パードリックを傷つけるのではなく、自分の指を切るというふうにしてることも、パードリックを傷つけたいわけでもないという。
これもまたややこしい。
てか、ガチで指切ったコルムの気持ちを考えるなら、彼が満足するまで関わるのを辞めるのが相手のためなんだけど、パードリックはそこに気づかない。てか、反省もしない。段々パードリックにも同情しづらくなった。


●エスカレートする諍いと犠牲者
パードリックが、コルムと共に作曲活動をしている音大生に嘘をついて島から追い出し、コルムを妨害。
その後、何とかコルムは曲を完成させパードリックも祝福し、ようやく雪解けするかと思ってたところ、パードリックがやらかした妨害を知り憤怒。
コルムが指を切ってパードリックの家に投げつけ、落ちてたその指を食べたことで窒息死したのがパードリックにとって家族同然のロバ。ちょうどその時、パードリックの妹が本土へ出て行ってしまい、孤独を深めていたところだったのも間が悪い。

そこからパードリックの気持ちは「復讐」に変わり、コルムの家に火をつけると宣言して実行する。
コルムはロバの死を本当に申し訳ないと思っていたし、火をつけられても黙っていたし、むしろ、犬を助けて守ってくれてたのに感謝すらしていた。
でも、狂い出した歯車が止まるかと言えばそうでもないようで。
周りから見たら、いやいや、もう辞めようや、そんな意地の張り合いみたいになってたらキリないで、てなる。
こういう展開は、戦争とかにも通じるのかなと。

今作の仲違いするパードリックとコルムの分断は、アイルランド本島で起きている内戦と鏡映しになっているんだろう。
アイルランドの内戦は、イギリスへの独立戦争で戦った旧友が敵となり、北アイルランドを巡って殺し合いに発展していった。
小競り合いと内戦というスケールの違いはあれど、価値観の違いで争いが起こり、ボタンの掛け違いも起きて歯止めが効かなくなって戦争になり、犠牲者を出す…というのは同じ。

パードリックは、対岸で砲弾の様子をみて、「無事で」と他人事のよう。きっと、対岸から見てたら、もっと話し合いとかで解決したら良いのにというような。
これは、パードリックとコルムの喧嘩を見ている第三者と同じ気持ちなんだよな〜。

こういう小さな諍いから恐ろしい事態に発展して止められなくなるというのは肝に銘じておかないといけないと思う。

そして、今起きてる戦争を思ってしまう。

最後のパードリックの「終わらすことができないこともある。でも、悪いことではない」というセリフが印象的。
あああ…という。。


コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの演技が良かった。
会話劇がメインだから、役者がイマイチだと途端にダメになる。
2人とも悪役もよくやるけど、だからこそなのか、こういう良いとこも悪いとこもある、機微のある演技もよかった。
コリン・ファレルのハの字眉毛の、可哀想感と、バカだなぁなところと、「話はつまらないけど良いやつ」感。そして、最後復讐に変わる表情と。そういうのが良く出てて引き込まれた。
ブレンダン・グリーソンもさすが。頑固ジジイなところと、本当は優しくて悩みつつの態度というのとか、すまなさそうにしてるところとか。存在感もごいごいすー。
てか、アイルランド作品の神父の話みたから、宣言されて殺される(殺されそうになる)の2回目だ。
あと、ファンタビとハリポタや、てのも思ったw


●ドミニクの存在
最初こそ、バカっぽいしデリカシーのないエキセントリックな青年かと思ってたけど、最後まで見ると、彼がこの島で唯一ピュアで良心だったのではないかと。
そして、フランス語知ってたり、実は知識もある。そして、高潔さもある。

コルムに絶交宣言されたパードリックを「いつか仲直りできるよ」と慰め、父に殴られても耐えて。
そして、パードリックがコルムの友達音大生を島から追い出した話を聞き、「それは意地悪だ。あんただけは違うと思ったのに」とショックを受ける。
あと、パードリックの妹シボーンに告白した姿も印象的だった。

そんな彼の悲しい末路。

あれは自殺の可能性もあるよな…夢が無くなったと言ってたし。。
妹を見送ってたのはドミニク?
元々、母親が失踪し、地元警官である父親に虐待されながら過ごしている悲しい背景がある。彼には何も無くなってしまったんよね。。
でも、パードリックが妹に告げるなら、「足を滑らせたんだろう」しかないやろなぁ。

あの湖、妹は靴を脱いでて。
対岸には、あのお婆さん。
もしかして、妹は死のうとしてたのかな。
それをドミニクが声をかけたことで止められ、代わりにドミニクが…。

なんかさ、ドミニク可哀想すぎじゃね?
彼も外の世界に出てたら、もっと違う人生があったかもしれないのに。
あの島では純粋な人ほど生きにくいのか。。

バリー・コーガンめちゃくちゃ良かった!
良い役者だな。なんやろ、彼には何か宿る感じがあっていいよね。後を引く演技をするというのか、何か引きずる演技というのか。
語らずとも、そのキャラクターが背負う悲しみや歪みを表現してる。


●妹シボーン
賢い人。彼女だけが冷静に島のことを見ていた。
兄がいるから出れなかったんだろうけど、チャンスもきたし、我慢の限界ということで飛び出した。
その選択は正しいと思う。
ただ、兄も連れて出ていけたらよかったのかなぁ。。
そして、ドミニクへの態度も仕方ないけど、なんか、なぁ。


●「イニシェリン島の精霊」
コルムの作った曲のタイトル。
そして、この精霊とは、その声が聞こえたら死者が出るという、アイルランドの言い伝えに登場する妖精が元になっているらしい。
本作ではその象徴のように現れるマコーミックというキャラクターやろうな。
彼女が、最初ドミニクが持ってた鍵付きの棒をもってドミニクの死体を寄せてたのとか、ラスト、コルムとパードリックを眺めていたのが印象的。

あ、後で知ったんやけど、ほんまにブレンダン・グリーソンが作った曲らしい?
ドーナル・グリーソンの父ちゃん、多才やなぁ。


うーむ。
色々巡らせると悲しく重い気持ちになるけど、こうやって、登場人物やその展開を隅々まで読み取れる作品というのは良いなぁと。

しかし、あの島の風景すごかった。
住みたくはないけど、見てみたくはなるなぁ。

「スリービルボード」の「怒りは怒りをきたす」といい、「人間について」の作品でもあるなぁと思いました。

自分を大切にすることは大事やけど、「他人の気持ちを思いやる」「他人の価値観を尊重する」てのもめちゃめちゃ大事やなと。
争いが無くならないのは、そこの欠如とか、自分に不利にならないための駆け引きのせいなんやろな。。
ゆかちん

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