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イニシェリン島の精霊のTakeBtzのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
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この映画を一言で表すなら「何の為に生きるのかを真剣に考え始めた男 VS 変わらない日常を取り戻そうとする男」である。

この映画は「人は人生を真剣に見つめ始めたとき、真に変わり始める」という真理を描いた物語であり、人々があらゆる争いをやめられないことの根源的な原因を追究しようとした寓話でもある。

舞台は1923年の北アイルランドにほど近い架空の孤島イニシェリン島。

島の全住民が顔見知りで窮屈さ100%のこの島で、主人公パードリック(コリン・ファレル)は、親友だと思っていたコルム(ブレンダン・グリーソン)から突如として絶交を迫られる。

気まずい思いをしながらも理由を問いただすパードリックを「自分の人生の残りの数少ない時間を有意義なものにしたい」と突き放すコルム。二人の間で生じた不協和音は次第に周囲の人々をも巻き込んで、思いもよらぬ波紋を起こすことになる。

【人生のステージの違いは埋められない】

パードリックを“人生を阻害する存在”として避け、その代わりに自身の芸術活動に没頭しようとするコルムには、老いて人生の佳境に入り「何のために自分は生きてきたのか?」という自己批判とそれに伴う焦りが滲む。

対して、そんなことに一切共感できないパードリックは、親友だったはずのコルムの抱える問題には目もくれず「なぜ俺を避けるのか?」と問いただすばかり。

この時点で、二人は決定的に人生に対する姿勢が変化してしまっている。それが故に互いに心が交わらない。

しかしここは島の全住民が"お隣さん"で、他人事が他人事になり得ないほどに人間関係が濃密なイニシェリン島である(それはある種の地獄であるもわけですが……)。

島民は二人に気を使いながら見守りつつ、彼らを陰で話のネタにし始める。

変わらない日常を取り戻そうとするパードリックと、そんな日常を自らの精神から変えようと関係を絶つことを断行するコルムとの溝は埋まらない。

なぜならそこには歴然とした人生のステージの違いがあるからである。

それは経済や物質的な生活水準ということではなく精神的なものであり、それが食い違うと決別は避けられないという真実である。

そしてこの映画には、そんな個人間で起こる衝突は、国家間における紛争/戦争にも置き換わることを巧みな演出で示唆しているのである。

【アイルランド内戦の影で】

この物語の舞台であるイニシェリン島は架空の島ですが、時代設定は1923年の4月であり、当時は前年から勃発したアイルランド内戦の只中であった。

この北アイルランドと本土イギリスの衝突、そしてアイルランド国内の歴史的背景と情勢に関しては、ここでは大幅に省かざるを得ないが、簡単に説明すると、この頃のアイルランドはイギリスの自治領として英愛条約の元にアイルランド自由国の建国を許されたが、その条約に反対するアイルランド共和軍(IRA)との間で起きた内戦であった。

この衝突は今でも続く問題ですが、この1年近く続いた内戦が、近現代史のアイルランド問題において最も大きな要因になっています。

この物語の二人の主人公、パードリックとコルムは同じ土地で、同じ文化圏で、同じような生活体系でありながらも、「人生とその生き方」という共通した難題に対しての思考のステージが違い、それが衝突の起因になっているということがこの物語の根幹です。

それは人生を北アイルランドという土地/国家と言い換えても成り立ち、それは "私の生きる世界" という形にも変換もできるわけです。

「私にとって、この人生をどう生きるか」という問題は「私が、この世界をどう生きるのか」という問題と同義であり、それは北アイルランドという世界を「私が」どう捉えるのか、という視点へと移行させることにより、この物語の中での二人の衝突を、度々インサートされる戦争の影に共通項を見出せるようになっています。

この物語は二人の生き方の違いから来る衝突を比喩にした、いまだ終わらないアイルランドにおける人々の分断を暗に描いています。

そしてそれは逆説的にいえば、今作が国家の問題を個人の問題へと移換させて描けたように、あらゆる衝突は個人の感情の変化から起因しうる、という皮肉でもあります。

このことからも、人生を生きることと他者との衝突がセットであること、それは個人の問題ではなくなってゆくかもしれないという、少しの恐怖心と危険性の混じった想像力を煽られるような映画でした。

しかし、それだけではありません。
この映画に描かれるのは絶望ではなく、希望が芽生える瞬間なのだと考えます。

最後にもう少し希望的なことを述べて終わりにしようかと思いますが、ここから先はすみません(汗)。

noteの有料記事枠(100円!)にて、記載させていただきます。noteへは下記からアクセス出来ますので、ご興味ある方は是非とも!

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【『イ二シェリン島の精霊』は、現代の世界構造を捉え、希望が芽吹く刹那を描く】

https://note.com/da_bun_takebtz/n/nc642f2381d1c
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