イチイ

イニシェリン島の精霊のイチイのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.0
1923年3月、アイルランドの何もない島に住むパードックは、ある日毎日パブで過ごす仲だったコルムから突然絶交を告げられる。困惑したパードックはなんとか仲直りしようとするのだが、事態をよく理解できない彼の振る舞いはむしろコルムを苛立たせるばかり。そうするうちに、諍いはついに戻ることのできない一線を超えてしまう、という寂しい雰囲気のドラマ。

寓話的な色彩の物語で様々な解釈ができるだろうが、「きみ、おもしろいね」と言ってもらえない人生の侘しさ、苦味によんどころなく浸るお話として受け取った。

聡明で人間も出来ている妹。島で一番のアホと馬鹿にされているが、実は思いやり深く勇気も分別もあるドミニク。そして自分に対しては不器用な拒絶しかできなかったが、人望も才能もある音楽家のコルム。一方、自分はいいヤツかもしれないが、毎日2時からパブで楽しく過ごせればそれで十分で他には何もない。こうした現実が、コルムとの不和という一番つらい形で突然襲って来る。パードックはいつもどおりのやり方で、日常に空いた穴を修復しようとするのだけれども、彼にはそれがもう不可能だということが見えない。

荒涼とした風景が実に素晴らしく、どうしようもない自分へのやり場のない感情を一層掻き立てる。どこにも逃げ場はなく、耐えきれなくなったひとはそこからただ去っていく。置き去りにされ、ここで生きていくしかないパードックのようなひとには、それが一層堪えるし、抗う術もわからないから、ただビールを飲んでやり過ごしていくしかできない。

こういうけして激しい何かがあるわけではないけれど、身も魂も冷やし、削り取っていくような冷たい風に晒されるようなしんどさを見事に描いていると思った。あと、出演者の演技はみな素晴らしいけれど、妹役のケリー・コンドンの知的で気高いが、深く傷ついてもいるというシボーンに特に惹かれた。
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