えむ

イニシェリン島の精霊のえむのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.9
なんか説明できないけどすごいもん観たな・・・って感じです。

コリンファレル演じる気の良いパードリックと突然理由も告げず彼と絶交をした親友コルム、この二人の関係と争いが、小さな島の少ない登場人物のほぼほぼ会話だけで紐解かれていくストーリー。

というと、パードリックだけが被害者かのように見えてしまうのだけれど、観ているうちにコルムの方にも納得をしてしまう。
それは、誰の心の中にも「誰かと繋がっていないと耐えられない」パードリックも、「自分のために生きたい、一人で放っておいてほしい」コルムもいるから。

特に私は序盤からコルムの想いもよーく分かる方だったから、もしその立場になってたら、諦めずにずっと付き纏われていられたら、もうほっといてくれ!!と言いたくなるのはめちゃめちゃわかる。

「バカじゃない、ただ、いいひと」であるパードリック、でも話が進むにつれ、これは本当に「いいひと」で「優しいひと」なんだろうか?という疑問が湧いてくる。
見方によって善悪のサイドは変わる。

本当に優しければ、親友のそんな気持ちの時には、そっとしておいた方が良いと思うのに、それでも理由をつけて近づいて踏み込んでいくのは、優しさではなく、もはやただのエゴではないだろうか。
ほら、島の他の人たちも「構うな」って言ってるのに。
こっちの方がよほど優しい時だってある。

そうなると、これはシンプルに「かまってちゃん」と「放っておいてほしい人」の主張の違いによる意固地な戦いであって、客観的にみて解決したいならそりゃちょっと距離を置くのは正解だと思う。

なのに、その閉鎖的な島から出るという選択もお互いにできないで、ただ「相手が譲ってくれるのを待つ」。
そうやって結局関わり続ける。

ああ、人間とはなんと面倒臭い生き物なのか。

ラスト、本当の意味で揉んだ解決し、前に進んでいたのは妹だけに見える。
この鬱々とした感じこそが、アイルランドなんだろうし、あちこち隠喩があるんだろうけど。

本心を晒して「いい人優しい人」を捨て、少し軟化したコルム相手に「ここからが始まり」と言うパードリックは、今度は「戦い」という手段に変えて「かまってくれ!!!!」を繰り返し、コルムはコルムであれだけやってなお振り回されながら拒絶もしながら、でも島を去って問題から離れることを選ばない。

結局お互いめちゃくちゃ相手のことを気にしていて、最後まで決定的な別れは選ばない。

この二人、この先もこれなのか・・・と思うと、着地したのかしてないのか微妙な気持ちというかこれは何時まで続くのかと行く末不安になる。
誰の中にも住んでる二人、どっちかが勝つとか負けるとかじゃなくって、「良い塩梅」を探るしか解決策はないと思うんだけどな。
これはドロ沼パターンだ。

そうそう、イニシェリン島の「精霊」、これはフェアリーではなく嘆きのバンシーのほう。
あのマコーミック夫人も現れるだけでバンシーみたいな怖さだったけど、結局2人とも、この島のバンシーに取り憑かれちゃったってことなのかな。

そして、これから先も結局はバンシーと共にこの島で生き続けるんだろうな……
対岸のIRLの闘いみたいに、もう「何で争い始めたのか」すら忘れ去ってしまっても。
えむ

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