うしぱんだ

イニシェリン島の精霊のうしぱんだのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.4
人のことはまず措いておいて、それ以外の生き物や光景が素晴らしかった。
NHKの『地球ドラマチック』で「イニシェリン島の一年」みたいな番組やってほしい。きっともうBBCが作ってるから買ってください。
ジェニーだけでなく、牛も馬も犬も山羊もみんなよかった。
ただ、牛はトイレトレーニングができないので、家には入れない方がいいと思う(だいぶ緩い便をするし)。

さて人の話。
長いです。後ろの方ネタバレ少しあります。
コルムは、パードリックを嫌いになったんではなくて、ただ距離を置きたかっただけなのでは、と思った。だから、あの時だって助けてくれた(かえって未練を生んでしまったかもしれない。パードリックのコルムを見つける表情が切なかった…)。
島がこんなに狭くなければ物理的に距離を置くこともできたのに、それが出来なかったのがまず不幸。本当に離れたいなら、島を出ていくしかない。それもできずに自分の思うように他人を動かせると思ったのが、彼の失敗だったのではないか。
残りの人生を思うと、つまらない話なんか聞いてるよりもっとしたいことがあるって気持ちはわかる気がする。ひとりで好きなことやってる方が楽しいことってある。酒場へは好きな時に行ってその時々飲んだり演奏したりしたいのに、パードリックがいると彼と話ばかりする羽目になり、そういうのが嫌でずーっと我慢してたのかもなあ…とか。若い頃はそれでもよかったけど、多分コルムの方が年上だから残された時間を思うとこのままでいいのか、俺の人生って感じるようになったのかも。
人の気持ちは変わるのだ。

パードリックのことは他の島人もちょっと軽んじてる感じはあって、いい人だけどつまらないので、コルムが彼の相手をしてくれるのをちょうどいや、と思っていたようにもみえる。シボーヌも、酒場にいかないで家にいられるのをいやがっていた。兄を愛してはいるものの一人で読書する時間が大切だったのだと思う。彼のそばにいてくれるのはみんなから馬鹿にされているドミニクだけだ。
でも、パードリックはコラムなしで時間をつぶす方法がわからず、事態が悪い方に悪い方に向かう。コラムの切実な訴えを彼は聞き入れない。自分のことばかり考えているのは、パードリックも一緒なのだ。

っていうか、この島の人たち基本的に自分のことばかり考えてる。本島で内戦が起こっているのにも無関心だし、その中ではコラムはまだましな方(だからパードリックと付き合ってこれたのか)。ドミニクへの態度もひどかった。あの島には住みたくない。かと言って飲みに行った先でドミニクがいたらいやかもしれない。酒場に女性がいてテンションあげてるところなんて、落ち着け!とハラハラした。発情期の高校性みたいだったよ。夕食の時の発言も最悪だった。あの父親では、女性に対する口の利き方なんて学べなかっただろうなと思うと切なくなるけど。

そう、ドミニクのこともいろいろ考えてしまう。
最初は怪しい奴と思ったけれど、だんだん島に君は島に住む妖精なのか…という気がしてきた。人の優しさを糧とする妖精。
シボーヌが湖のほとりに立ってたところ、なぜか裸足で対岸のマコーミックさんに満面の笑顔で手を振っていてなんか変だった。あれは彼岸に心が向いていて、ドミニクが来なかったらそのまま湖に入っていったとしか思えない。ドミニクの無謀な告白に思わず笑った瞬間、シボーヌから死神が離れて、彼女は兄のためでなく自分のために生きるための決心がついたけれど、預言が成就するため彼が身代わりになったのではないか。
船で島から離れる時、晴れやかに兄に手を振るシボーヌの表情がさっと曇った。あの時、崖の上で見送るパードリックの向こうに老女を見た気がするのだけど、気のせいだろうか。
シボーヌだけが島から逃れた。内戦中の本島に渡って安全なのかわからないけれど、幸せになってほしい。

この後あの二人どうするんだろう。
ジェニーが死んでしまったのは本当に悲しいけど、コルムだって指を失い家を失い、それでもチャラにならないって、この辺はど直球に戦争の比喩になっている。どちらかが墓に入るまで終わらない戦い。
そう思うと、やっぱりコルムも嫌なら島出るしかなかったんじゃないかなあ。

そういえば、ロバは基本的に草食なのになんで…?と思ったけれど、もしかしたら塩分にひかれたのかもしれないな、と後から思った。