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イニシェリン島の精霊のumisodachiのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.8


『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー最新作。

アイルランドの孤島に暮らすパードリックは、毎日午後2時に親友のコルムを誘ってパブに行くことを日課としていた。しかし、ある日突然コルムから絶縁を宣言され、二度と話しかけるなど突き放される。なにがなんだかわからないパードリックは狼狽し、妹をはじめとする島の人々も困惑。しかし、パードリックの態度は頑なで……。

ものすごく地味なストーリーだったが、非常に面白かった。明らかにアイルランド内戦を背景にした寓話であり、実際に島の向こうの本土で進行中の内戦の気配も度々スクリーンに登場する(音だけ)。

昨日までは隣に座って笑い合っていたはずなのに、突然敵意を抱き対立し、その摩擦はどんどんエスカレートしていく。ロバや馬に囲まれてアシジの聖フランシスコみたいな生活をしているパードリックと、愚鈍で平凡な生活から脱却して芸術や知性に生きる目的を見出そうとバチカンの聖職者みたいな厳格さに身を投じるコルム。

島の重要そうな場所にマリア像がいることから、この島自体はパードリック的というか、いわゆる庶民的なマリア信仰が色濃いカトリックの文化なんだろうから、コルムはパードリックを否定すると同時に島の人々全体を否定しているようなものではある。周囲はあまりそのことに気づいていない感じではあるけれども。

一方的に拒絶されるパードリックに同情してしまうものの、何を言われてもしつこくつきまとってしまうその愚鈍さにイライラする気持ちもわかるし……と、両者の言い分も半分はわかり、半分はわからんなあと感じながらひたすらツラいやりとりが続いていく。ちょいちょい差し挟まれる笑いのシーンが暗鬱としたムードをさらに強調し、心底しょうもないきっかけから引くに引けなくなっていく展開が、グイグイ観るものを引っ張っていく。

パードリックを追い払うためにコルムが取る行動は過激そのものであり、相手をとことんまで追いつめる残酷さを内包している。理論上でどんなに公平さを提示出来たところでそれは確実にアンフェアな行為であり、その不公平さはさらなる悲劇を呼ぶ。

破壊的な行為に伴う「もっともらしい理屈」というやつは戦争には不可欠であり、その代償は往々にして無関係かつ無垢な存在が負わされるというのも世の常だ。そうなると、パードリックが最後に「公平」について指摘したように、命対命の話になってしまい、どちらも引けなくなる。自分の理屈だけをぶつけ続ける過程のどこかに加害行為を差し挟めば、ただで済むはずはないのだ。

下がり眉のコリン・ファレルはハマり役で、愚鈍なところを上手く出しつつ深く傷ついていく演技がとてもリアル。しかし、どこかとぼけた雰囲気も忘れないので深刻になりきらない。かなり特徴的な役作りをしたバリー・コーガンと教養のある妹を演じたケリー・コンドンも良かった。文学を愛し知性がある彼女が兄を擁護するのが重要でありつつも、最終的には……というあたりの展開も上手い。明らかに知性が足りないように見えるドミニクが鋭い観察眼を持っていたり、知性も教養もあるシボーンは兄のことを愛し受け入れていたり、警官という地位を持つ人間が最低最悪のクソ野郎だったり、人間というものは一面だけでは語れない。極端な理論を振りかざして暴走するコルムやそれに振り回されるパードリックの周辺の人物を複雑に描くことで、いかにこの喧嘩が愚かなのかが際立ってくる。

実は私も思春期に同じ経験をしたこと2度ほどある(どちらも私の立場はパードリックの方で、相手は同性であり恋愛関係ではない)。どちらのケースでも(やはりパードリックのように)「なぜ突然距離を置くのか?」と相手に聞いたのだが、1回目は完全な拒絶と攻撃だったので深く傷ついた。2回目は反対に、私が離れていくのを恐れるあまりの行動だったと打ち明けられ、すぐに元の状態に戻った。だから、極端なように見えるけれどこういうことはあるよな(おじさんになってはあまりなさそうだけど)と思えたこともあり、かなり入り込んで観てしまったし、なんならパードリックがガリガリにディスられているところではちょっと泣いた笑

結びつきが強ければ強いほど、それが弾け飛んだときの衝撃は大きくなる。恋愛でもそうだし、友情でも同族意識でも愛国心でもそうだろう。愚かでマヌケないざこざを描きつつ、普遍的なテーマをしっかりと描き切っているのはさすがとしかいいようがない。





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