たにたに

イニシェリン島の精霊のたにたにのネタバレレビュー・内容・結末

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

【ハサミ】2023年16本目

1923年、アイルランドのイニシェリン島。
長年友人関係であったコルム(ブレンダン・グリーソン)から突然の絶縁を告げられるパードリック(コリン・ファレル)。

コルムは言う。
「もう長くはない人生。お前といても、何も得るものがない。バイオリンで作曲をしたいんだ。もう話しかけないでくれ。」

突然の宣言に戸惑うパードリックだが、島に一つしかないバーで出会って気まずい空気。耐え切れず話しかけるも、コルムは「次話しかけたら一本ずつ指を切り落とす!」と本気の様子。

ここから不穏な空気が流れ始め、思いもよらない事態へと進展していく。


2人の分断を、当時のアイルランドの内戦に重ね合わせ、互いに意固地になって冷静になり切れない様子が見事に描かれた。

元々仲の良かった2人であるが、コルムは自傷してまでもパードリックとの距離を取ろうとしている。
結局彼は何と戦っているのかが自分でもわかっていないのではないか。

息子を馬鹿にされた警察官がパードリックをボコボコに打ちのめし、それを見兼ねたコルムは彼に手を差し伸べ無言の帰路をたどる。ただ単に彼のことが嫌いになったわけではないように感じるのである。

内戦だってそうである。同じ民族であるにもかかわらず、ちょっとした観念や思想の違いで敵とみなし対立を繰り返す。
意味のないことなのだ。
「わかりあえなさ」というのが、攻撃へと転じ、そして周りを巻き込んでいつの間にか大きな事件まで引き起こしてしまう。

その「わかりあえなさ」が積み重なりが居心地の悪いものと感じて、不必要なものを排除することに転じるのではなく、歩み寄りに転じる可能性をこのシーンには感じた。


犬やヤギなどの動物の登場も巧みでした。
パードリックのお姉さんは家にヤギを入れることを拒否。そして彼女はこの島の居心地の悪さに、本島への出稼ぎに行く。恋愛も今の彼女には必要ないものでした。

対して、パードリックは愛犬ならぬ愛ヤギと共に孤独の時間を癒していました。彼が一番変わらないことの安定さに居心地の良さを感じていたのでしょう。自分に関係のない本島での内戦も彼に取っては「せいぜい頑張れよ」なのです。

そのヤギの死によって彼は豹変してしまいましたが、その行動によって何か解決したかというとそうではなく、復讐をやり遂げただけなのです。

コルムの愛犬は、指を切るハサミを咥えて「もう無駄なことはやめたら?」と言いたげでした。しかし、その思いは届きませんでした。

本作からは
孤独、閉塞感がひしひしと伝わってくる。
人との繋がりが軽薄なのです。
誰かを好きになったり愛することへの壁が厚く、正直になれていない。

バリーコーガン演じる警察官の息子はその点で最も正直でした。
愛によって孤独からの解放を求めていたのは彼だけではないでしょうか。
しかし、それは受け入れられず。

コルムとパードリック。
そしてパードリック姉と警察官息子。

愛の断ち切り方は違うものの、自分の信念に意固地になって他者を排する。

それでも何か微かな光がこの本作からは感じ取れるのです。
たにたに

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