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イニシェリン島の精霊のLEAKCINEMAのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
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これ大好き。観る前から期待していたが大正解。こういうジャンル分けが難しい映画が昔から弱い。ディスク化されたら直ぐ買います。必ずや。

期待していた要因の一つは、コリン・ファレルとバリー・コーガンの共演である。この二人はヨルゴス・ランティモス監督作の『聖なる鹿殺し』で、摩訶不思議なライバル同士を演じていた。そんな二人がまたスクリーンに帰って来るってんだからそりゃ期待せざるを得ないでしょうに。

実際観てみてビックリ。なんと二人が『聖なる鹿殺し』と同じような役を演じていたのだ。バリーなんて挙動不審の問題児である。途中あのミートソーススパゲティを、あの独特な食べ方で急に食い出すのではないかと内心ハラハラしたほど。コリンも『聖なる鹿殺し』同様、眉毛ハの字が似合う憐れな主人公を見事に演じ切っていた。(彼から容赦なく放たれる「は?」でついつい笑ってしまう。)

それにしても人間ってのはなんて興味深い生き物であろうか。

自分も経験あるが(今現在でも進行中)、人は相手に興味がなくなると、どんなに親しい仲でもまるで今迄の思い出が幻であったの如くまったくの別人と化してしまうのだ。もはや赤の他人である。だから人の感情や心理には、この映画同様答えなんぞ存在しない。いくら研究したって無駄である。人間の脳回路は複雑怪奇。我々ホモサピエンスを一番理解していないのは我々自身なのだ。空しいね。

でも一番怖いのは、親しい仲だと思っているのは自分だけかもしれないということ。相手は自分のことを親しくもなんともないただの話し相手として見てるかもしれない。これは恐怖である。でも自分が怖いのか、相手が怖いのかはわからない。これもまた恐怖である。人は悩めば悩むほど自分を追い込んでド壺にハマってしまうわけだ。恐ろしいね。

だから人は切羽詰まると自分でも驚くような行動に出てしまう。コントロール不能に陥る。その相手がどんな人であれ関係ない。一瞬にして周りが見えなくなってしまうのだ。そしてあとで激しく後悔する。虚しいね。

でも可愛らしい動物たちと美しい大自然のおかげで、劇中に描かれる人間としての苦悩から救われた。コリン演じるパードックが飼っているロバやお馬さんたち、そして彼の飲み仲間コルムが飼っているワンちゃん。(コルムを演じたブレンダン・グリーソンがこれまた素晴らしかった)こうして見るとお互いにまるで守護霊の如く動物が存在している。その所為もあって作品全体に神秘的で宗教的なオーラが漂っているのだが、そのオーラがまた作品の世界感を不安定にさせるのだ。この心地の良い不気味さがたまらない。

内戦真っ只中のアイルランドから少し離れた美しい小島で繰り広げられる小さな内戦。その内戦は次第に大きくなり、人の死を予言する精霊(または死神)がある不吉な予言をする。その内戦の決着、そして予言とはいかに?

途中アイルランドが生んだケルティック・パンク・バンド、ザ・ポーグスがカヴァーした楽曲「I’m a Man You Don’t Meet Every Day」が流れて思わず感動してしまった。アイリッシュ音楽の良さを再確認出来て嬉しい。だから今日はギネスビールでも飲みながら、異国の伝統音楽に耳を傾けるとしよう。血に塗れた哀れなフィドルに想いを寄せて。
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