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イニシェリン島の精霊のGakuのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.1
アイルランド本島沿いにあるイニシェリン島。牛飼いのパードリック(コリン・ファレル)は読書好きの妹シボーン(ケリー・コンドン)と二人で暮らしている。ある日「親友」であるコルム(ブレンダン・グリーソン)にいつものようにパブに飲みに行こうと誘うのだが、(昨日までの様子と打って変わって)コルムはパードリックに「お前とはもう友だちではない」と冷たく言い放つ。何があったのかを尋ねても埒が開かない。「お前が退屈だからだ」というコルムの説明もパードリックは納得しない。だが、コルムは突然に別人のようにヴァイオリンでの作曲をはじめ、パードリックと無縁の生活を行いはじめる。
 パードリックはコルムの頑固さに舌を巻き、そしてコルムはパードリックのしつこさに目を剥く。ついにコルムは長年の「友情」を言い募るパードリックに対し「次に俺に話しかけたら、俺は自分の指を切り落としてやる!」と宣言する。
 アイルランドの自然をこれでもかと観せつける映像。その反面、人々の心の様は暗い。警官を父に持つ若いドミニク(バリー・コーガン)は言動が卑猥で乱暴だが、常に父親からの「暴力」に怯えている。そして夜毎に本島では内戦の砲撃や銃火が交わされているのが見え隠れする。パードリックの妹シボーンもこのあまりに平和で退屈で、かつ時に悪意や嫉妬が潜む狭い人間関係にがんじがらめになった島の生活にその実うんざりとし、逃げ出す想いを秘めている。
 さまざまな比喩を秘めた映画だ。その美しい風景美と共に、「精霊(バンシー)」が冷ややかに佇む。最後、パードリックとコルムが二人して立ち尽くす先に何があるのか、言いもしれぬ暴力と余韻とに浸れる名画である。

 あと、私はさまざまな事情で配信サービスで観ましたが、これは映画館の大画面で観るべき映画でしょう。2023年の映画のおすすめの一つ。
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