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イニシェリン島の精霊のinotomoのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.1
1923年の、アイルランドの孤島イニシェリン。島に住むパードリックは、毎日歳上の友人であるコルムを誘って、パブでビールを飲みながらお喋りをするのが日課だ。ある日いつものようにコルムを誘いに行くが、話しかけても彼は無視。しまいには、絶交を言い渡されてしまう。何とか関係を修復しようとパードリックは奮闘するが、コルムは頑なに拒否。そして今度自分に話しかけたら、指を1本ずつ切り落としてお前にくれてやると言い放つ。
監督、脚本は「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー。

今年のオスカーの主要部門で複数ノミネートされている話題作。ゴールデン・グローブ賞では、コメディ部門で作品賞を受賞。いわゆるブラックコメディにカテゴライズされるのだと思うけど、ゲラゲラ笑うようなコメディではなくて、ある二人の男性の喧嘩を、スケール壮大に描きつつ、人間の持つ本質や、当時のアイルランドの内戦をからめながら、狭いコミュニティで生活する人々の濃密すぎる関係性を描き、緻密な人間ドラマに仕上げているマーティン・マクドナーのクリエイティビティが素晴らしい。映画の冒頭の美しいコーラスとアイルランドの雄大な風景から心を掴まれるのだけど、美しくもどこか荒れた印象で、暗い色調で描かれたその風景が、一見のどかに暮らしている島民達が、実は優しさと親切だけを持ち合わせているのではないということを象徴しているように思えた。対岸の本土から内戦の爆撃が毎日聞こえてくるのに、そこまで関心を寄せていない。本土から届いた他人への手紙を勝手に開封したり、まともな常識と知性と教養を持ち合わせているパードリックの妹のシボーンを、行き遅れと揶揄したり、濃密すぎて閉塞感たっぶりの島民の関係性や生活は、この物語の重要な背景だと思う。また、タイトルにあるバンシー(精霊)は死を予兆する存在という意味らしいけど、死の要素を絡めていることで、この人間ドラマに重みを持たせていると感じた。

コルムがなぜ、そこまでパードリックを拒むのかがよくわからなかったのだけど、パードリックより歳上で、残りの人生を有意義に過ごしたいと思った時に、悪人ではないけど学もなく、ロバの糞の話を2時間話し続けるようなパードリックと毎日過ごすのは、時間の無駄だと思ったのだと思う。その拒み方が想像の斜め上を行く形だったので驚いたけど、きっと彼の切実なる願いだったのかなと思う。パードリックはコルムの他に仲の良い友人もいなく、彼を失うことが想像以上に大きな喪失だったからこそ、執着し、彼もまた予想外の行動に出る。仲違いしながらも怪我したパードリックを馬車に乗せてあげたり、可愛がっていたロバを失ったパードリックを気遣ったり、パードリックもある場面てコルムの愛犬を世話してあげたり、まったく拒絶しているわけではない中での、お互いの意地の張り合い。終わりの見えないアイルランドの内戦のように、二人の喧嘩は続いていくと思わせるラストは、たしかにブラックな笑いというかアイロニーがあったように思う。

主要キャストはあて書きされたらしく、皆オスカーノミネート。
パードリック役のコリン・ファレルは、実は今まで特に何の印象も持っていなかった俳優。善人なんだけど魅力に欠ける退屈な男を絶妙な匙加減で演じていたと思う。
コルムを演じていたブレンダン・グリーソンは、佇まいに味があり、何も話さなくても一癖あるキャラだと理解させる説得力があったと思う。「ハリー・ポッター」シリーズのムーディ先生だったと知ったのは後から。
作品の中の一筋の希望の光のようなシボーンを演じた、ケリー・コンドンの知性と強さを感じさせる演技も良かった。
そして、コルムと仲違いした後、パードリックと距離を縮めるドミニクを演じたバリー・コーガンがすごく印象に残った。暴力的な警官である父親に虐げられ、島民からも疎ましく思われているドミニク。ちょっと知的レベルが低い事が見てとれるのだけど、クセの強いキャラクターを見事に演じていて驚いた。
皆オスカー受賞に値する演技だったと思う。
コリン・ファレルとバリー・コーガンが出てるヨルゴス・ランティモスの過去作も見なくては。

見終わった後、色々考察して咀嚼するのが楽しい作品。オスカーは「エブエブ」に行くかもしれないけど、見応えある秀作でした。
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