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デリシュ!のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

デリシュ!(2021年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

1789年。宮廷料理人マンスロンは、創作料理「デリシュ」にジャガイモを使用したことで貴族たちの反感を買って解雇され、息子を連れて実家へ帰ることに。ある日、マンスロンのもとに謎めいた女性ルイーズが「料理を習いたい」と訪ねてくる…。

フランス革命前夜の18世紀フランスを舞台に、世界で初めてレストランを作った男の実話をもとに描いたハートウォームな人間ドラマの秀作。

ドラマの良さで魅せるだけでなく、歴史の勉強にもなる。
冒頭、こんな説明文が出る。
「貴族が料理によって力を誇示していた18世紀。庶民は食べることに必死だった。旅籠などが旅人に簡単な食事を出していたが、外食の機会は稀だった。皆で食事を楽しむレストランという場はまだ生まれていなかった…」
レストランは大昔から存在していると思っていたが、18世紀末になってようやく産まれたとは結構大きな驚きだ。

主人公の中年男マンスロンは、シャンフォール公爵のお気に入りの専属料理人だった。
ある日、貴族が集まる食事会で、「デリシュ」という自慢の創作料理を出す。
それはジャガイモとスライスしたトリュフを重ねた包み焼き。

見た目はまるで菓子のよう。
見るからに美味しそうなのに、食事に集まった貴族たちからは不満が飛び出す。
それは当時のフランスでは地中に生える物は忌み嫌われており、貴族たちは「こんなもん食えるか!謝れ!」とマンスロンに詰め寄る。
「ほほう、ジャガイモとトリュフは豚の餌扱いだったのか…なんと勿体無い」と、食文化の勉強になる。
同時にここには格差社会と貧しい者への差別に対する批判がある。

「貴族連中は食べもしないで、偉そうに何を言ってるのか?食べ物を粗末に投げ捨てるとは!」とマンスロンが内心抱く怒りを見ているコチラも抱く。
丹精込めて作った料理を食べずに、謝れと言われても謝りたくもない。
マンスロンは公爵からクビを言い渡され、息子を伴って実家に戻る。
誇り高い料理人には失意は大きかっただろう。

やがて、マンスロンの家にやって来た訳アリの女性ルイーズの熱意に負けて料理を教えることになったマンスロンは、彼女の真剣さに失っていた料理への情熱を徐々に取り戻していく。
ルイーズの手があまりに華奢で農民ではないことを見抜くマンスロン。
実は元貴族であったルイーズがマンスロンに料理を習う目的は、自分の夫を没落させ、自殺に追い込んだ憎いシャンフォール公爵に復讐するためだった。
その方法は料理の中に毒を盛ること。

公爵はマンスロンの料理恋しさに、いずれ彼の元にやってくると踏んでいたのだ。
その狙い通り公爵はマンスロンの料理を望むのだが、食事会に向けて入念な準備をしたものの、公爵は急に心変わりしてマンスロンの家を通過。
ルイーズの復讐は失敗に終わる。

ルイーズは女性ではあるのだが、訳アリの流れ者が素性を隠して復讐に燃えるなんて、ある種の西部劇のようである。

公爵に無視され、さらには落馬して怪我を負い、踏んだり蹴ったりのマンスロン。
ルイーズは熱心に彼の看病をする傍ら、習った料理を来客に振る舞い、身銭を稼いでいた。
これが、まさに怪我の功名となる。
やがてマンスロンはルイーズと息子の協力を得て、一般人のために開かれた世界初のレストランを開店する。

彼は、貴族に振る舞った同じ料理を飢えた庶民に提供する。
マンスロンが開店した田舎のレストランには間隔を置いてテーブルが配置され、各テーブルには元祖コース料理が運ばれてくる。

残念なのは、庶民にとってはご馳走であるマンスロンの料理があまり映像では堪能できないこと。
焼き上がる前の工程だけで充分美味しそうに見える料理もあるのだが、その完成品の一皿が映らない。

飽食の現代では美味しそうに見えないのでは?と考慮しているのかもしれない。
小麦粉がどことなく黒味がかっていたり、ロウソクの明かりと暖炉の火だけを用いて調理するシーンが何とも興味深く、時代考証もしっかりとしているが、現在の目では衛生的にはどうなのか?と思うのを避けるためなのだろう。

店は繁盛したが、マンスロンの怪我が癒えたのを見計らい、ルイーズは彼の元を去る。
いずれまた公爵が、噂を聞いて店にやって来たなら復讐を諦められず、マンスロンに迷惑をかけるからだ。
ルイーズが去った店は今度はあっという間に閑古鳥に。
マンスロンは料理だけでなく、彼女の明るいもてなしが店に必要だったのだと気づく。

人は失ってから大切なことに気づくもの。
ルイーズの店への重要性と彼女への愛に気付いたマンスロンは修道院に入ったルイーズにストレートに愛を告白し、連れ戻す。
お互いの想いに堪えきれず、シスターの前でキスしてしまう2人が微笑ましい。

ラストは痛快だ。
マンスロンに「もう一度チャンスを」と懇願され、彼の味が恋しい公爵が店にやってくる。
てっきり自分だけに料理が出されると思っていたら、村人たちが客としてどんどん店に入ってきて公爵は狼狽える。
貴族が下々の者たちと一緒に食事するなんてことはありえなかった時代。
出された料理は、例の「デリシュ」だ。
「お前に食わせる料理は、この豚の餌で充分だ。もう貴族の言いなりにはならないぜ!俺は俺の料理を喜んでくれる人のために生きる!」と言わんばかりの無言の公爵への仕返しはスッキリする。
特権階級だけの料理は、本当の意味で「食文化」ではないという反乱である。
ルイーズも庶民に罵倒されて逃げていく公爵の姿を見てスッキリだ。

そしてラストに現れるたった一言のテロップも痛快。
「この後、まもなくバスチーユ監獄が陥落した。」
つまりフランス革命が勃発し、本当の食文化が世に広まるとは満足感が高い。
本作に似合う賛辞は「面白かった」ではなく「ご馳走様でした」だろう。

今では当たり前のレストランの風景が、実はフランス革命に似た自由と平等の象徴だったとは。

マンスロンと彼に弟子入りするルイーズとのラブロマンス、女性への敬意、絵画的な風景の構図やロマンチックなロウソクや暖炉の灯…などなど、ヌーヴェルヴァーグ以前に見られた古きフランス映画のエッセンスがある。
さすが美食の国フランス。
素材は地味でも味は芳醇な作品である。
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