ジェイコブ

ブラック・フォンのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

ブラック・フォン(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

1970年代コロラド州の田舎町デンバーでは、「グラバー」と呼ばれる誘拐犯による児童の連続誘拐事件が発生していた。そんなデンバーで、ロケットや数学を得意とする内気な少年のフィニーは、酒浸りの父と自殺した母親の影響で予知夢を見る妹のグウェンと3人で暮らしている。フィニーは野球に勝てず、ケンカも弱いため、想いを寄せる少女に良いところを見せられない上、いじめっ子からは逃げてばかりの日々を過ごしていた。ある日、自分をいじめっ子から守ってくれていたメキシコ移民の親友ロビンが誘拐されてしまう。グラバーに関する手がかりが掴めず捜査が難航する中、ロビンがいなくなった事で、フィニーへのいじめがエスカレートする。そんな中、フィニーは道端でマジシャンを名乗る不気味な男と出会う。男は手品を見せると言ってフィニーに近づき、気絶させて黒いバンに押し込むとそのままどこかへ走り去る。フィニーが目覚めると、そこは薄暗い地下室で、目の前には仮面をつけた不気味な男グラバーがいた。グラバーはフィニーに対して何もしないと語り、乱暴するわけでもなくそのまま部屋から出ていく。フィニーは脱出を試みようと室内を見渡すと、電話線の切れた黒い固定電話が壁にかけられている。部屋は厳重にロックされており、逃げられないことを悟ったフィニーはそのまま眠ってしまう。すると、鳴るはずのない黒電話が鳴り始める……。
パージやザ・ハントで知られるブラムハウススタジオ制作の最新作。ドクター・ストレンジやフッテージの監督で知られるスコット・デリクソンがメガホンを取り、人気俳優のイーサン・ホークがサイコ・キラーグラバーを演じた事でも話題となる。劇中に出てくる風船に黄色いレインコート、さらに子供の連続誘拐事件とくれぱホラー好きならばITを彷彿とせずにはいられないだろう。また、予知夢を見る少女に父親との確執など、スティーブン・キング作品に影響を受けた事が随所に感じられる。
悪魔のいけにえやブルース・リーなど70年代に流行った作品や、カエルの解剖といったその時にはまだ存在していた授業などが劇中に登場する。本作のタイトルであり、劇中で重要な意味合いを持つ黒電話また、昔懐かしのアイテムの一つであるが、固定の黒電話を活かした仕掛けがシーンの至るところに活用されている。
黒電話からかかってくるのは、これまでグラバーによって無惨にも殺されてしまった子供達で、霊界からフィニーに警告を発するというここまではよくある展開だが、本作はそこからひと味もふた味も工夫が凝らされている。特筆すべき点は死者の名前に関する部分だ。千と千尋の神隠しで湯婆婆が千尋の名前を奪って身も心も支配しようとしたように、名前はその人のアイデンティティであり、その人がその人である証だ。それを表すかのように新聞少年やブルースなど、死んでからの時間が長ければ長いほど記憶が曖昧になっており、最後に殺されたロビンの記憶ははっきりしている。また幽霊になったとはいえ、乱暴者は乱暴者だったのは少し笑えてしまった笑。その他にも、ブラムハウス作品であればお馴染みの不気味な仮面もグラバーの異様さを際立たせるのに一役買っている。
ブラムハウスといえば、70点くらいのB級ホラーを量産していくイメージであったため、期待はせずに観に行ったが、いい意味で期待を裏切ってくれた。ビックリシーンに家族愛と、ホラーの定番は抑えつつも、クライマックスにかけての胸熱シーンには心を震わせられた。あらゆる手を尽くして万策尽きたと心が折れそうになったところで、最後電話をかけてきたのは親友のロビンであり、「男は友を見捨てない」とシンプルだけどグッとくる台詞を言われて闘う勇気を持ったフィニー。いじめっ子にやられっ放しで妹に助けられるほど情けなかったフィニーが、親友のロビンと霊界から心を通わせ、まるでベスト・キッドのような戦い方指南を受けて大の男と戦うために知恵と勇気を振り絞る。
本作の裏テーマとして、「大人(父権)への対抗」があるように感じた。家では酒浸りの父親からの暴力に怯え、妹が虐待を受けていても何もできずにいたフィニー。フィニーだけでなく、グラバーもまた、劇中では語られなかったものの、親からの虐待を受けていたのではないかと感じられる節がある。仮面を日常的につけ、自分よりも弱い立場の子供に「教育」を行おうとするのは、正に自分自身が父権となることで、自らが抱える過去のトラウマから逃れようとしていたのではないかと感じた。それが彼を凶行に走らせたのだとすれば、クライマックスのシーンは、フィニーが大人から逃げずに立ち向かった事で、確執のあった父親と真に和解し、家族の絆を深める事ができたのだと合点がいく。
イーサン・ホークは本作のグラバーを引き受ける事に消極的だったと語っているが、思わず納得してしまうほど。劇中彼が適度にだらしない身体を見せてくれるが、それもまた本作の見所の一つとしてあげたい笑。