幽斎

ウーマン・トーキング 私たちの選択の幽斎のレビュー・感想・評価

4.8
【幽斎的2023ベストムービー、スリラー部門第5位】
女優として「死ぬまでにしたい10のこと」、監督として「アウェイ・フロム・ハー君を想う」Sarah Polleyが、男から不当に虐げられる女性が、未来を選択する運命を懸けた話し合いの行方を描く。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

Frances McDormand 66歳。Liam Neeson共演「ダークマン」然程美人で無い(笑)ヒロインを演じた彼女が今ではアカデミー賞、エミー賞、トニー賞「演技三冠」達成した名俳優に成長した事は感慨深い。特にスリラーが専門の私には「ファーゴ」アカデミー主演女優賞を獲得してくれた事は望外の喜び。レビュー済「スリー・ビルボード」主演女優の複数回受賞は史上13人目の快挙。夫のJoel Coen監督も立派なアゲチン(笑)。プロデューサーとして原作の権利を獲得した事から物語は始まる。

原作Miriam Toews著「Women Talking」2018年上梓、残念ながら日本での出版が無い為、Kindle版を購入したが、The New York Timesブックレビュー誌の年間最優秀書籍に選ばれたのも頷ける、物凄く情報量も多く且つ緻密な構成が見事。本はオーガスト・ウィルソンのナレーションだが、映画はKate Hallettに変更。原作も本作も「架空の宗教コミュニティ」、映画ではカナダのマニトバ州から逃亡したコミュニティで、話す言葉もカナダ英語と言うのが微妙な異国感を表した。南十字星を見逃さなければ、何となく場所も分るだろう。ミステリー・ファンとしてはRooney Mara「ドラゴン・タトゥーの女」+Claire Foy「蜘蛛の巣を払う女」夢の共演(笑)。

「The Ghost Rapes of Bolivia」南十字星の見える南アフリカ国ボリビアのマニトバ植民地で2005年~2009年に起きた集団昏睡強姦事件。被害者は分るだけで150名を超え、最年少の3歳の少女は処女膜を指で傷つけられた。既婚、未婚、住民、観光客、精神障碍者を問わず襲われ、男性や少年の被害者も居た。犯行は牛の麻酔に使う薬を噴霧して意識を失わせた主犯は獣医、実行犯は19歳~43歳で男性8人が裁判に掛けられ獣医は懲役12年、7人は加重強姦で25年の判決。信じられない事に近親相姦を含めたレイプは今も続いてるらしいが、日本には史上最悪の性加害者が居たので批判する資格は無い。
www.vice.com/en/article/4w7gqj/the-ghost-rapes-of-bolivia-000300-v20n8

McDormandが監督に指名したのはSarah Polley 44歳。女優として「スウィート ヒアアフター」「イグジステンズ」「ミスター・ノーバディ」。監督として「アウェイ・フロム・ハー君を想う」「物語る私たち」ハリウッドで順風満帆な彼女が、2011年を境にピタリと表舞台から遠ざかる。ブランクはトロント大学の学生と再婚した事だと思ったが、ハリウッドのセクハラ大王Harvey Weinsteinのハラスメントが理由だとThe New York Timesに寄稿して謎が解けた。10年振りに復帰したが、私は彼女の俳優、監督よりも脚本家としての才能に目を細める。私的には脚色賞は2022年間一位作品「ザリガニの鳴くところ」異論なし(笑)でも、本作のアカデミー作品賞ノミネート、脚色賞受賞は極めて妥当と言える。

文字通り役者は揃ったが、原作が全米ベストセラーと言っても邦題の通り、女性達が事件に対してどんな行動を取るべきか話し合いの現場を描く「それだけ」。原作はソリッド・シチュエーション的な趣も有り、映画化しても「ソレって面白いか?」しかも陰湿な昏睡集団レイプ事件。ハリウッド、メジャーは「黒字化は期待できない」二の足を踏んで色好い返事をしない。困った彼女達に颯爽とイケメンが現れる!(笑)。

本作はPlan B Entertainment制作。オーナーはハリウッド・スターBrad Pitt 59歳。彼は監督が書いた脚本を読んで「実に興味深い内容だ、直ちにプロデューサーをアテンドする」と快諾。珍しく彼もエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ね、Plan Bの社長でアカデミー作品賞「ムーンライト」Dede Gardnerとアカデミー作品賞「それでも夜は明ける」Jeremy Kleinerの最強コンビに託す。Pittがバックに着いた事でハリウッドの名門MGMの子会社Orion Releasing配給。「ターミネーター」「ロボコップ」で有名なオライオンがアカデミー作品賞にノミネートされたのは「羊たちの沈黙」以来の快挙。COVIDが無ければ Pittは俳優を引退してプロデューサーに専念する筈だった。目利きの高さはイケメン以上にもっと評価されて良い。

本作を咀嚼する為に「Mennonites」メノナイトを理解する必要が有る。私は元クリスチャンですが、再洗礼派のコミュニティ。創始者Menno Simonsからの由来。キリスト教の中でアナバプテスト教派、絶対平和主義を掲げ現在でも世界中に信者は存在。「再洗礼派」とは、幼児洗礼を拒否してローマ・カトリックで洗礼を受けた人が再度自分の意思で洗礼を行う。質素な生活を重んじ、ゴムタイヤの使用は外界との接触を容易にする重大な罪。女性は決まったデザインのドレスを着用。無神教者から見れば自分達を助けなかった神に拘る意味も分からないだろう。だが、その答えも作品のテーマに隠されてる。

原作はシリアスなテーマを描き乍ら、今の私達が生きる社会を憂う皮肉や未来への可能性を感じさせるエクスプレッシヴな感性が素晴らしい。納屋で意見を交わすシーンが中心で有る事は原作も映画も変わりないが、映像化された風景は自然豊かな村や動物、子供達が遊ぶ姿から大人が感じる閉塞感とは別の心象も浮かぶ。秀逸なのは凡庸な作品なら観客の目を惹く昏睡強姦シーンを挿入、犯人を捜すミステリーで盛り上げる事は初めから眼中になく、アメリカ人が大好きな法廷劇も無い。では、何がテーマなのか?。読者も観客も一緒に為って考える。地味だがとても凄みの有るテリフィックと言える。

世界観はスリラーの伝道師M. Night Shyamalan監督「ヴィレッジ」、意図的に犯人で在る男性を隠す斬新なプロット。唯一、登場するのが「007」QことBen Whishaw。彼は男性の良心と言う役割。エンタメを放棄した先には「究極の対話劇」。作者は極限状況の女性に明確に3つの選択種を与える。①「Stay」村に残る。犯人を赦す事は信仰にも繋がる。しかし、残ってもレイプが無く為る保証も無く、解決には結び付かない。②「Fight」戦う。ヤラれたらやり返す倍返しだ!、女性を動物の様に扱うなら男達も同じ目に遭わせれば良い。だが、反抗しても戦に勝てぬならヤラない方が得策。③「Leave」去る。子供達の事も考えると村から出て行く。一見安全策に見えますが、村を出る事は信仰も捨てる事を意味しアイデンティティにも関わると言うジレンマに陥る。

スリラー目線で言えば、事件のプロットは暴力の支配では無く、信仰を隠れ蓑としたマインド・コントロール。性を支配すると言えばカルト教団「統一教会」遠い南アフリカのお話では無く、全く他人事でも無い。根底に有るのは男尊女卑と言う古い価値観、セクハラでセミリタイアの監督を奮い立たせた理由でも有り、原作も「性」をモチーフとした「差別」を描いた点が多くの共感を呼んだ。そもそも「差別」って誰が決めるのか?。主観的な意味合いも濃いが、差別を批判する人こそ間違ってると言う、堂々巡りに陥り易い。当事者が絶対とも言い切れない点が問題の根深さと闇も感じる。

「個」で決められないと登場する「集団での合意形成」。家庭や会社や町内会でも繰り広げられる当事者同士の話し合い。作品のテーマが極めて身近な問題提起で有る事がお分かり頂けただろうか。多数決で決めるのが民主主義なのかも怪しいが、グループで発言権を持つリーダーの結論ありきで決まる事も多々有る。価値観と言うフレーズがまやかしなのかはCase by Caseだが、本作の様に全員が納得する案は見つからない。

私は独身アラサーで京都のマンションに住んでるが、私の様に生家が室町時代から京都に住む者も居れば、東京から引っ越して来た方も居る。痛感させられるのは、男女の思考の基準点。夫は何でも結論ありきで仕事から帰ると何時もの様に嫁の愚痴が始まる。夫は早く風呂に入りたいので「結局、お前はどうしたいんだ」と言う。だが、妻は単に話を聞いて欲しいだけで夫に解決策なんか求めてない。と言うやり取りを毎日繰り返してる。

「集団での合意形成」一見不毛な会話のプロセスも大事だと分かる。例えば洗濯機が壊れたなら買い替えるか修理に出すか、予算とかドラム式か乾燥機能付きか(笑)、あらゆる選択種を「透明性を以って」妥協点を見い出す。差別を決めるプロセスも同じで、合意形成への論点を探る姿勢も大切。私達もWomen Talkingと同じ様に、日々合意形成の話し合いを繰り返してる事が透けて見えれば、貴方も本作を観た価値が有るのです。

本作は脈絡の無い話をじっと聞ける耐性が同性の女性も含め貴方に在るのか試されてる。女性は自分は何れに属するかリアリティを持てるが、途中で本作を見る事を投げ出す男性は結婚に向いてない。いや、恋愛にも向いてない(笑)。パワーワード「2010年の国勢調査に協力を」。そう、此れは正に現代が抱える問題で、全てはその後の彼女達の行動次第。無学だからこそ慣習に囚われない明日が有る、私は微かな希望を抱き劇場を後にした。「逃げる」と「去る」は違うのだと。

コミュニティを「Leave」去る事が問題への最適化にも見えましたが、貴方の結論は?。
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