ひこくろ

殺すなのひこくろのレビュー・感想・評価

殺すな(2021年製作の映画)
4.4
言い方は陳腐だが、古き良き時代劇の魅力がこれでもかと溢れているような映画だった。

主な登場人物はある恋人と長屋の中年浪人のほぼ三人だけ。
派手なアクションシーンもなければ、大きなことも起こらない。
なのに、気がつけば、この三人の姿から目が離せなくなっている。

なんでもないようなシーンにもハラハラとする緊張感がある。
語られないそれぞれの思いが、仕草や動き、細かい描写から滲み出てくる。
こういうのは、細かい描写や動きなどを丁寧に描いたからこそ生まれてきたものだろう。
それは監督の井上昭が時代劇の世界で培ってきたものなんだと思う。

そもそも、話がこれから駈け落ちしようという二人ではなく、駈け落ち後の倦怠期の二人というのが上手い。
物語的に熱くなるはずもなく、盛り上がることもない。
ただ、日常の退屈さだけが二人を蝕んでいく。そこに待っているのは絶望だ。
しかも、そこに妻を斬ったことを後悔し続ける浪人を絡めてくるという周到さ。
暗い未来を予期しながらも、それを見守っているような、なんとも独特な感じが素晴らしかった。

時代劇は現代ではすたれてしまっている分野だろう。
でも、ここまで見事なセット、小道具、美術、衣裳、所作などはまだ作ることができるのだ、とこの映画は感じさせてくれる。
これらすべての要素があってこそ生まれる味わいだと思うし、ここまで凝ったからこそ魅力的なんだとも思う。
こういう環境が残っていたことをうれしく思う。これからも続いていってほしい。

少なくとも時代劇を観たことのない人に、これを観て何かを感じてほしい映画だった。
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