スタンダードサイズを選ぶ勇気。それで横移動までしたらそれはもうウェス・アンダーソンなんだけど、彼よりもずっと演出が主観的で巧妙だから見れてしまう。たとえ、何かが起こりそうで起こらないまま収束してしまう>>続きを読む
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主題も演出も、わかりやすいほどに映画的。これこそ映画についての映画。
スクリーンとしての窓があり、その中へ入り込む瞬間にサスペンスが生まれる。
しかもそれは双方向から行われる。主人公達が見つめるだけで>>続きを読む
チャゼルの映画極左っぷり炸裂。
『セッション』や『ララランド』以上にスコセッシの影響が強い印象。
かつてのスコセッシみたいに、作品賞を貰えない怒りに震えているのが分かる。観客に象のうんこかけたくなるの>>続きを読む
タル・ベーラやブレッソンが形式の中でやったことを、押井守は物語の中でやる。東京にある可視領域と不可視領域を並置して。
小津チルドレンのヴェンダースが『ハメット』で失敗してアメリカにブチギレて『ことの次第』作ってた頃に、一方フランスではこんな呑気なものが作られてたのか。
エントロピーが比較的低いという短編の特性を上手く利用して、細部を詰める手間を省き、キャラクター造形を抽象的な次元にとどめているから、この映画を構成するあらゆる要素の純度が高い。
台詞もあの量の割には内>>続きを読む
ドストエフスキーの描く自意識と、もともと画家であったブレッソンの自意識とが混ざり合った作品。
いきなり部屋に上がり込んできた男が描いたあの絵のシミのように、ジャックの自意識はちっぽけだが力強く存在して>>続きを読む
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彼らの過ちの根本には、経済格差やら学歴社会やらの大きな問題が関係してるのだろうが、この悲劇の発端である最初のカンニングへ遡ってみると、実は「おざなりなテスト作りをした教師への反逆心」と「友達を助けたい>>続きを読む
純が最後に姿を現すシーンがこの映画のエモーションのピーク。そこから『PASSION』的な、カサヴェテス的な、どうしようもなさに降りていく。
鵜飼の存在が、そのどうしようもなさの引き金だったことは、『ド>>続きを読む
映画を構成する様々な要素の中から「見る」という行為を取り出し、そのバリエーションを提示していく中で、最も興味深かったのは、盲目の母親という「どうやっても相手に視線を返すことのできない存在」こそが、すべ>>続きを読む
流れる椿という映画的なモチーフと作品におけるクライマックスの感情の高ぶりの交差、その上手な脚本に純粋に興奮する。
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時間芸術としてのパフェ。それは、1人に1つだけ配られる時間であり、そこから構成される不完全な記憶の層である。
そして、時と金を同時に蕩尽する場として登場するパチンコは、「無駄がないと意味がない」という>>続きを読む
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十分ノワールに繋げられると思うし、その要素もあるが、パラノイアの恐怖の側面を深める軸からブレず、最後の最後までホラーをやりきる。
論理的には導き出せない感覚・生理からくる恐ろしい表現。光と影に彫刻され>>続きを読む