死が光のように映る幻の一瞬の狭間で。台詞ではなく演出とミザンセーヌで喪失を語る是枝裕和のデビュー作。
実写版にがっかりしたので再鑑賞。そもそも1997年の劇場版以来の新作っていうところから、これは20年ぶりのオタク献呈か?と思ったが、さすが原作に充実していて、演出もそのまま。内容も普通にシティーハンタ>>続きを読む
東京という都市を他者化する故に、時にはこの都市が楽しくて、時には全く分からなくて。誰もが誰か寂しい自分を見つけて欲しい(Everybody wants to be found)のだ。だが、見つけてくれ>>続きを読む
当然だが、人は自分の手に入れない、希少なものを欲しがる。それはきっと過去に実らなかった恋にも対等に適応されて、自分を失うほどに愛した相手との未来、という甘い可能性に中毒されて中々手放せなくなるのだ。で>>続きを読む
現実をあまりにもよく知っていたために作り話をしていた父親の逆説は、話を信じたために父親を不信した息子に転換する。しかし、父親が口伝してくれた自分の話が息子を通じて終えられたように、去る時は一人だが葬儀>>続きを読む
未だにどこかで行方不明にでもなりたい気分の時には、不意にこの映画のラストシーンが頭をよぎる。
実際に数千人の死亡者が存在する自然災害にもかかわらず、死亡者たちの存在は非可視化させ(あえて取り上げるとしたら、ファンタジー設定の一つとして登場させ)、幻の世界の中でしか見れないという演出は無理や>>続きを読む
地上波にて再鑑賞
多数のために少数が犠牲にならない世界、というメッセージや、
大人たちが汚した自然環境を次の世代が後始末している今の現状を表している全体的な設定はいいと思う。
だが、チェーホフの銃>>続きを読む
この映画が1番好きという男性とはあまり話が合わなかった経験が多いです。