人が遠くから見てるものをアップで映し、次に人もものも遠くから映すロングショットに繋げる。このパターンが多くあって、変な遠近感(?)が生まれていた。ちょっとリズムが不器用にも感じる。
サソリの生態の紹>>続きを読む
異常者として設定されてるはずのアッシャー家の末裔・ロデリックより医者の方が異様に見えるのは襞の多すぎるコートのせいもあるが顔つきがやっぱり不気味なんだよな。ロデリックのギョロ目も霞む。
元々ブニュエ>>続きを読む
鉛筆による曲がり気味の線、溢れる水のうねる動き、ポニョの顔の変化。めちゃ動いてめちゃ好き。低評価の意味が全くわからない。
木のトンネル、窓、トトロのしっぽ。丸い形に森の茂み。「『トトロ』の風景描写が到達点(になってしまった)」という宮崎駿の発言にも納得する、全てが夢のような場所。夢だけど夢じゃなかった。木が伸びるシーンが>>続きを読む
飛行艇が水面を駆ける時の水の質量感ある跳ね方、群像を上から描く時の多方向に放埒な動き、雲から差し込む光の濃淡のバリエーション。絵を観てるだけで思わず笑えるし泣けてくる。女たちが飛行艇を直しているとき、>>続きを読む
車のタイヤの横揺れしながら回転するところに胸を打たれる。急な縦回転に横の動きが加わる運動がアンビエントめいてると行っても良さそうな穏やかなチャゲアスの曲調と衝突している。
逆さになるミミコとパンちゃん、パンちゃんの弾力性のある飛び跳ね方、パンちゃんの声、パパの声、通勤電車に乗るパパ。が全部かわいい。水森亜土の、どこかブラジルっぽい歌が素晴らしい。
人が一斉に駆け出す、>>続きを読む
手で置いてく紙人形と紙家とナレーションが虚構性を強調する一方、聖人(悪魔?)のジジイを撮る時の群衆の中をズームで映すカメラは真実性を晒す。『自転車泥棒』の喜劇的再演?SNS的キャンセルを皮肉するような>>続きを読む
冒頭すぐのピンボールが全体の展開を予告している。最初のバーのシーンから、バッグを椅子に置くときの低いカメラと、会話とピンボールをしながらの視線の交換に迫力がある。低い場所に置いたものをアップで撮る、車>>続きを読む
やっぱジャムは美味いよな!!
鳥にしろ水にしろ、物体にしろ液体にしろ、この世界の中で物質はジェル状に充溢する。溢れる運動のアニメーションが宮崎駿なんだなと思う。その最たる例が赤いジャムで、主人公が食>>続きを読む
「途中の人」の「途中」を撮る、というのは『枝葉のこと』『お嬢ちゃん』でも連なるテーマだが、本作はおっさんの数日を切り取るという点で商業的なチャレンジが大きい。しかも、性格造形のカッコ悪さ・ウザさという>>続きを読む
アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』とヒッチコック『サイコ』を土台にしたかのようなモーテルの殺人劇。立て続けのサスペンスとギンギンな緊張感、そこからの反転。精神疾患の扱いが50年代のハリウッ>>続きを読む
自分の中に愛せない物語と愛せる物語があって、例えば前者が『アクロス・ザ・スパイダーバース』だとすれば、後者が本作になる。この違いはなんなんだろう。本人にとって決定的に貴重な時間の蓄積が、身近な他者にと>>続きを読む
最高。素早いアクションに足元のアップのカットを挿入するモンタージュ。『ウェストサイドストーリー』と同じ、アパートを階下から登っていくカメラワーク。『LOGAN』と『フォードvsフェラーリ』の監督による>>続きを読む
寝不足で観たせいかもしれないが、集中が途切れた(寝てはいないが)。ポルトガルの広場に描かれた世界地図の上で日本に立つ男が、ヨーロッパに立つ女に出会う。その後二人は何度も何度もすれ違う。前半の、ポルトガ>>続きを読む
やはり吉田喜重は小津がすごく好きなんだなと思う(未読だが小津の本出してるし)。遠近の活かし方、斜めの構図、低いキャメラと上からの視点。人工性の強調。別役実脚本による北一輝と二・二六事件に関する映画は、>>続きを読む
虚空に手が浮かび、やがてそれが男女の常時であることが移動するキャメラのワンカットであることを理解する。そこから物語はヌード写真のネガを盗まれた脅迫の主題と、誰が本当に私を愛しているのか/誰を本当に私は>>続きを読む
え、めっちゃ面白いやん。映画誕生直後に世界を旅して日本を撮ったリュミエール社のキャメラマン、ガブリエル・ヴェールに関する吉田喜重の映像的批評。共に日本にいた友人(名前忘れた)はアイヌの踊りも撮ってて、>>続きを読む
柴崎祐二さんが「林光の音楽がうるさいと思ったらオペラだった」と書いててめちゃ納得した。最後ストリングス伸ばしてて「映画より前に出るやん…」と笑いました。
丘下のバレーボール、並行移動の岩肌、椿に桜…>>続きを読む
被写界深度の極端な浅さで、ほとんどの形態が光に混じって外見認識のできない状況を表す。その演出はロウ・イエ『ブラインド・マッサージ』を思わせるところがあるが、本作は孤独と盲目による体感を伝えようとする。>>続きを読む
ロングで速度を撮ろうとすると馬鹿らしくなる。競輪場をオートバイで周回する津川雅彦が「わかったか!」というと山上輝世が「わからないわ」と応えるのだけどしまいに返事しなくなるところがどうにも微笑ましい。>>続きを読む
手書き文字の埋める画面がまるでサイレント期の映画だがずっと銃声でうるさい戦争寓話。無音と騒音、資本主義と共産主義の衝突としてのゴダール。氷の川を集団で渡っていくところが好き。なんでメキシコで戦ってるの>>続きを読む
「おもしろいけど、絵の質感は素晴らしいけど、ほんとにこれでいいのか…?」という気持ちになるのはアメコミ原作が苦手な人間だからかしら。「マルチバース」も苦手だし、あまりに「物語についての物語」すぎる感も>>続きを読む
父の介護と娘の子育てと不実の恋に挟まれながら生きるシングル・マザー。めっちゃ歩くレア・セドゥはずっと泣きそうな顔をしていてそれが映画の気配を決めてる。泣くシーンも多いけれも泣いてなくても泣いてる。哲学>>続きを読む
男囲ってブギ!狂ってるフリボーイとガチ狂ってくレディ。唐突なズームは『ロング・グッドバイ』とも同じく変な引力があってこっちはそれをガラス越しに繰り返し、どこか客観的な覗きの感覚を想起させる(特に産婦人>>続きを読む
最高…。ボクシング映画だが、ジェームス・J・コルベット演じるエロール・フリンは努力のかけらも見せない。最後の最後まで、狡猾なお調子である「軽薄なアイリッシュ」としてしか登場せずに練習風景は一切見せない>>続きを読む
ヒトラーの精神性をドイツ国民全体の精神に結びつけ、「世界征服病が治ったというなら証拠を提示せよ、それまでは油断ならぬ」とナレーションする(プロパガンダを激烈非難する)プロパガンダ映画。死体の映像の連続>>続きを読む
耳打ちによって人が変わる。宿屋の妻が偏屈な主人に出会って結婚した理由をあっという間に簡潔に語るシーンが好き。主人がコーヒーを二人分沸かすシーンの動きも。男はラテン系アメリカ人だと思えるアクセントだが、>>続きを読む
ミッキー・ルーニーとキャロリン・ジョーンズが出会い、酒場の奥の部屋で電球をいじりながらキスするシーン。二人が元の連れ合いであることを理解するまで少し時間がかかった。「(宿に来るときは)ノックをしなくて>>続きを読む
なんかずっと眠かったのでちょくちょくシーン見逃していると思うが、一体何回壁や地面にマッチ擦って火をつけたのだろう。数えただけで7回はあった。
猫映画かと思いきや、セックスする犬、海から杖を救う犬が映>>続きを読む
身近な他者からのしっぺ返し→苦い再生の流れを描く、複雑なようで非常にシンプルな映画。「こうやって人は子供ではいられなくなる」という通過儀礼の話でもあるが、ケイト・ブランシェットが子供の演技をしていると>>続きを読む
なんとなくブラーっぽいなと思ってたら「Tender」流れてきた!90年代の話だと気づくのに70分くらいかかりました。
娘が質問すると父が応えない、というところでシーンがかわる。空に浮かぶパラグライダ>>続きを読む
悪い評判ばかり聞いていたので、その分余計に楽しめたところはある。全員集まった後の戦闘シーンはとても上がるし。『スーサイドスクワット』の時も思ったが、スローモーションの上手い監督である。マンティスかわい>>続きを読む
最高!これがフォード作品で評判よくないってマジでか?
行進曲のあっけらかんと町のドタバタに全く似合わない戦場の暗鬱さ。戦争の狂気と個人の狂気が拮抗して奥ゆかしい。
振り向く動きが笑いと切なさの両方を誘>>続きを読む
ジョン・フォードの幽閉された男たちシリーズ、息詰まり度はこれがピカイチ。文字通り息詰まって死んでいくから。
元素材が聞き取れなくなっており、ほとんどの場面でサイレント同様の字幕がインサートされる。故>>続きを読む
根の深い陰謀がなぜか簡単に解決する。四人の息子たち、というスタイルはなかなかいい。デカい若者が狭いフレームに並ぶの、少しジョジョっぽい。
『モガンボ』もそうだが、右手を銃で撃たれても「軽い怪我」で済>>続きを読む