決定的な場面で、世代間の価値観の対立を描いたツルゲーネフの『父と子』がチラっと登場する。国も時代も異なる学生たちがその本をどのように読んで、何を感じとったのか。映画は語らず、史実が物語る。
彼女は、もうひとりの彼女が自分を見つめていることを知らない。
観客の私たちだけが知っている。
彼女は、もうひとりの彼女が何を想っているのかを知らない。
観客の私たちだけが知っている。
理解できずに興味を失う作品もあれば、理解できないからこそもっと知りたくなる作品もあります。私にとってこの映画は後者。
ストーリーは単純です。現代人が未来人と戦争する話。しかしながら、いま目の前で何が>>続きを読む
「耳なし芳一」にはぐっときました。自分に取り憑こうとしただけでなく、両耳まで引き千切っていった亡霊たちにの成仏を願い、心を込めて琵琶を奏でる芳一の姿に。御殿の正体が実は墓場だったことが判明する場面の背>>続きを読む
「冷蔵庫のイチゴ食べたでしょ」「え、食べてないよ」「うそ。私たべてないもの。あなた以外誰がいるのよ」「食べてないったら」「食べたでしょ絶対。ほら、流しの下にイチゴのヘタも捨ててあるじゃない」「うん…」>>続きを読む
ディズニー版のピノキオのよう。AIの彼女はさしずめ物言うコオロギ、ジミニー・クリケット。誤解することによって真理に到達するというプロットは劇中に登場する小説『青白い炎』に重なる。読み返し引用箇所を探し>>続きを読む
早朝の郊外の駅を歩くとき、実はみんなあんな後ろ姿なんじゃないかと思う。この監督は昆虫の生態を観察するような目で男女の恋愛を眺めているんじゃないかと思う。登場人物に共感してもしなくても楽しめる映画。
解説書にある主演女優の次のコメントが全て。それ以上言うこと無い。
「この台本は、誰に見せてもいいですよ。ゴミ箱に捨ててもいい。何の価値もありません。私が映画化するから価値があるにすぎない」。その通り>>続きを読む
権力についての映画だと思う。教育と暴力の境目って本当にあいまい。受刑者同士がロールプレイする場面などは、新たな暴力が生まれる瞬間を目撃しているような気分になる。そんな緊張感に満ちた映画。
どん底に落ちてからの這い上がり方が素晴らしい。今日から座右の銘を「窮鼠、猫を噛む」にしよう。相手が弱っているからといって、追い込みすぎてはいけない。
船越英二がもてるのが分かる。だらしないくらい優しい。アリの巣穴にジュースを流して遊ぶ子どものように残酷。
登場人物たちのことをいまでもときどき思い出す。今頃何してるのかなって。そんな映画。細部のすべてが愛しくなる。たとえば、駅舎の前でお絵かきする子どもとの会話。
何を書いてる?
僕に見えるもの全部さ>>続きを読む
最後の場面がすごいらしいという評判を知った上で視聴。すごかった。口からつい情けない声が出た。恐怖で。そんなの『貞子』以来。
しかし一番ぞっとしたのは、執事が主人公に自分の正体を明かしたとき。あなた、>>続きを読む
話せよ
いつか君を忘れたとき
こんなことがまた起きる
歴史が繰り返すように
そうなったら
君を愛の忘却として思い出すだろう
忘却の恐怖の物語として
間違いない
街中で中古のカメラを見つけると、手に取らなくてもその重みを感じるようになる。この映画を観ると。「いつかカメラを担いで、名もない花を撮り続けたい」。年月の重み。
宴会に自転車で突っ込む場面は唖然とする>>続きを読む
冬の朝の競走馬の教練風景の幻想的な美しさは、この先何度も思い出すことになると思う。美しいと同時に、こんな風景が日本にあるのかという驚きで唖然とする。
https://note.com/gorogor>>続きを読む
情念の映画。岸恵子の映画。登場人物たちの愛憎と葛藤の年月を思うと息もできない。能登の寂しい海景色が唐突にカットインするが、その理由は後から分かるようになっている。遠い目をしているとき、見ていたんですよ>>続きを読む
木の枝を切るだけでこんなに心が揺さぶられるとは。前半、こちらの倫理観を挑発する場面があり、その場面が最後まで尾を引く。終わりよければ全て良し!という気分にならない。ならないというか、させてくれない。