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ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズの海のレビュー・感想・評価

5.0
雷を知らない者にとって、その音は世界が終わっていく音であり、魂を暗やみへとさらっていく音である。光を知らない者にとって、その眩さは視界をさまたげる眩さであり、すべてを支配し破壊する眩さである。かつて地球という惑星の、ツインピークスという小さな町に、天使がやってきたという。天使はみずからを“さがす者”であると言い、やがて“みつける者”であると言った。そしてツインピークスはかならず最後に善が勝つ町だった。悪が生きのびて愛されることを決して許しはしない町だった。天使はツインピークスを愛した。天使はこう言った。「来てすぐに分かった。ここは、いのちが意味を持つ場所だと。そんな生活はもうこの星に存在しないと思っていた。だけどあったんだ、このツインピークスに」。そして町に生まれ育った若者はこう言った。「わたしの心は、いついかなるときもこの町の善良な人々と共にある」。なにもかもがそのとおりにこの場所にあった、完璧に夢のように完結を知る物語のように。町の外側の世界では、あらゆる物事が、あらゆる苦しみや誓いが、まるで眠っているときに見た夢のように、その映像や音声の最小単位のみをわれわれに残したあと、膨れて腐って骨となって跡形もなくなるまで見つけられなかった死体みたいに忘れられていく。美しいあの町が、天使によりつくられた町だったのか、天使をつかまえた町だったのか、正直なところ、わたしには、まったくわからない。

⚠︎以下、シリーズのすべてに渡ったネタバレを含みます。

3月3日になんとなく観始めて(もちろんデヴィッド・リンチの名に惹かれてのこと)、この物語が自分にとって特別な意味を持つようになるのではないかという期待をはっきりと抱いたのは、クーパー捜査官がツインピークスという町を愛している気持ちについてはじめて語った第3章がきっかけだった。これまで映画や小説といった物語において、そして〝田舎〟のコミュニティに対してステレオタイプでネガティヴなイメージを持っている人たちにとって、田舎というものの美点は壮大な自然や豊かな生態系だけに依存し続けてきた。だけれどツインピークスにとっては(クーパー捜査官にとっては)そうではなかった/そうは描かれなかった。クーパー捜査官はダグラスモミの香りを賛美しながら、そこに暮らす人々や育まれる意識のことを深く愛した。わたしはこの作品の中で最も彼のことが好きで、そしてわたし自身と魂が最も近いのも、おなじく彼だと感じる。(それからアニーにも深く共感した。)そう、第3章でクーパー捜査官と握手を交わしてからというものわたしは、ほぼ毎日の日課としてツインピークスを観進めていき、観ているドラマ作品があまりにも最高で涙さえ出てきそうになるという感覚をあじわったのはXファイル以来であり、オリジナル版最終話の急すぎる展開と終幕に混乱したりリターンズでのかつて愛した登場人物たちの変わり果てた様子に衝撃を受けたりしながらも、昨日と今日で8時間かけて残っていた8話を観終え、そして、ようやく今、わたしはここにいる……。終わった瞬間に感じたのは、ただ、さみしさと恐怖だった。少し経った今、つよい愛着をはっきりと感じながらも、それでもなお、自分の手の内側からそれら(かれら)がこぼれて見失われていく感覚はあって、「さみしい」「こわい」を拭い切れはしない。ただただ泣き出したかった。ほんとうにこわいのだ。築きあげた尊い友情、大切にしていた家という場所、手に入るはずだった愛する町での生活、握った手、重ねた唇、交わした約束、〝いのちが意味を持つ場所〟での天使のすべての記録。

神さまは誰だったのか?
かれは誰に仕えていたのか?

何かに近づいてしまったとき、あることを深く疑ってしまったとき、多くの目がわたしのほうを振り向き見つめているのを感じるのだ。“ローラ”が最後に住んでいたオデッサという町の冷たく乾いたイメージ、意味もなく死んでいる人と理由もなく揃えられた家具、過去を必要としないまま存在できているかれらの未来。

ここにないのならどこにもないのか?
どこにもないのなら永遠にないのか?

電気が消えたあと、かれらは固く冷たくなってその場に立ち尽くし、瞬きの一つもせず、仕事にも行かず、老いてもいかず、暗やみの中で生き続けるのか。テーマパークの恐竜の模型のように、改装が打ち切りとなったショッピングモールのように。
さがし、みつけ、あらゆる罪をあばき、あらゆる人を最後まで見送る、そういう運命をあたえられたクーパー捜査官は、わたしにとってこの物語の唯一の天使だった。
永遠としてのかれらがそこにある、くりかえす物語としてのかれらがそこにいる、ツインピークスという美しい町、ツインピークスという架空の町、デイル・クーパーという真っ白なひと、デイル・クーパーという真っ黒なひと、カーテンコールでわたしたちは何度でもかれに会おうとするだろう。

ツインピークス、それは永久機関としての実存せず実存する物語。

ツインピークス、それは光る箱の奥で鳴り響く見知らぬ誰かの人生を、自分のものとして楽しむわたしたちにとっての、たったひとつの偉大なる神話。
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