くまちゃん

MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらないのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

若かりし頃は将来の明るい展望に思いを馳せて、夢や希望に到達する日が来ると信じて疑わなかった。努力は報われる。信じていれば夢は叶う。そんな言葉を真に受け、苦難を乗り越える励みにした者はきっと多いだろう。しかし大人になり社会に飛び立てば、昨日までの支えだった言葉は何の役にも立たないことを思い知る。努力を正当化し継続させるための呪術。社会で過程は評価されない。結果が出なければ。毎日毎日同じことの繰り返し。真面目に仕事をこなしても次から次へと別の仕事が舞い込んでくる。複数の案件が同時に依頼されることも頻繁にある。土日返上でデスクに齧りつきパソコンを睨めつける日々。大切なものを次から次へと生贄に出し、締切に間に合うよう全力を尽くす。睡眠不足で疲労困憊でオーバーワーク。だが関係ない。客先が納得の行く仕事ができていないのだから。日本人は真面目で働きすぎだと良く言われる。なぜ働くのか?本来労働とは生活のためにあるものだ。食べないと生きれないから狩猟をする。その根本は不変であり、収入がなければ生活はできない。一方で古代ギリシャでは労働は奴隷が行う生理的欲求を満たすための忌避すべきものだと考えられていた。文明が発達した近代社会においても労働者は奴隷のように扱われる現状がある。
まさに無限ループ。締切に追われ、無駄な会議で時間を浪費し、心身ともに絶壁の縁に立たせられている。プライベートを犠牲にする価値が手元の書類にあるのか。束になった書きかけの企画書や謎の商品のキャッチコピーにそれだけの意義があるのか。せわしなく稼働し続ける肉体に細胞の一つ一つが悲鳴をあげる。脳のキャパシティはとっくに超えていた。
この生き地獄はいつまで続くのか?

ジャンルとしては流行に則ったループ物であり、作中具体的なループ映画を提示しているあたり制作陣もかなり意識していることが伺える。そのためあるあるネタが散りばめられ、登場人物もそれを自覚しており、「スクリーム」に近い性質がある。つまりループ映画も量産され過ぎて次のフェーズに移行したということだ。それが今作のように小規模の映画で見られるのは限られた予算の中で膨大なアイデアと緻密な構成力をもってハングリーと言う名の武器を手にセンスを磨き続けた結果である。その類まれな若くモダンな感性は評価せねばなるまい。
くまちゃん

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