Masato

ミッシングのMasatoのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.5

心を失くした社会で

吉田恵輔監督最新作。空白と同じくスターサンズ製作で終始心苦しい展開が続くが、同時に希望の光を照らして終わる残酷ながら優しい映画になっていた。日本映画界でも随一の演出力と卓越した社会の描き方で心を揺さぶってくる。

本作は心をなくし陰湿さを増す日本社会で、他者を思いやることの大切さを直球ストレートで投げかけてくる映画だった。SNSでの誹謗中傷やイタズラ、「事実を報道する」という大義名分を都合よく解釈しネタにたかるマスコミの存在など散々現実で見てきた日本社会の現状を真っ直ぐに描いている。監督らしくあまりにもリアルで見るに耐えない。

それと同時に娘が行方不明になったことで時間が過ぎていくたびに心の平穏を失くしつづけ、思いやりが欠けていき、心無い人間と同じ存在になってしまう主人公の沙織里やそれによって心が傷つけられていく家族の姿も印象的で、さらには主人公たちの声を掻き消すくらいに大きい声で怒鳴り散らすクレーマーの姿や、商店街で些細な出来事で罵詈雑言の口喧嘩をしている人など、あらゆる場面や属性、集団単位で「思いやりの失くした人間」の姿が描かれているところも素晴らしかった。

思いやりを失くしてしまうことは、人間である以上誰にも大なり小なり例外なく存在する。だからこそ平静さを失わず、自分を顧みることや、歩み寄る、理解することが大切。「空白」とも共通する、辛い事情や放出したい気持ち、やりきれない気持ちの刃先が他者に向かってしまうことを自覚し、自分自身に折り合いをつける大切さ。マイナスの感情という強い力をどう変えていくか。自分自身と向き合うことについて描いていた。私は池袋暴走事故で家族を亡くした松永さんのことを思い出した。

またマスコミの視点もあって、「ただ事実を報道するだけ」という言葉が詭弁や逃げに使われ、その力が持つことを考えない。マスコミに問われる社会的責任や、ポリティカル・コレクトネスや倫理観があってこその事実の報道であること、情報の拡散力を持つマスコミと情報提供の呼びかけを拡散してほしい家族のグロテスクなパワーバランスが浮かび上がるなど、核心を突く描写ばかりで恐れ入った。

映画的には、吉田監督の持ち前のシュールさをドラマに転用することでナチュラルで生々しいリアルさを表現する演出はさらに高度になっており、あえてシュールさに寄って笑いとシリアスの境界線ギリギリを攻めてくる演出がより俯瞰を際立たせている。

主人公たちのいたたまれない心境に感情移入し心を重ね合わせていく瞬間に水を差すように笑いを入れ込み困惑させ、意図的に醒めさせる。気持ちが分かっているつもりでいても、結局は他者でしかないんだということを思い知らされる。「お気持ちは分かります」がどんな言葉であるかを見につまされる。

吉田監督の演出だとどんな役者も上手く見えるのだが、石原さとみはとにかく凄かった。体を張っているというのはもちろんのことだけど、自然体でありながら迫真の演技。激しい感情の起伏を見事に演じていて素晴らしかった。
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