時代を代表するベストセラー作家、パトリシア・ハイスミスの生涯を追った2023年のドキュメンタリー。
処女作「見知らぬ乗客」がヒッチコックによって映画化されるなど著作のほとんどは映像化され、アラン・ドロンを一躍有名にした「太陽がいっぱい(リプリー)」や、偽名で出版した、1950年代のアメリカで初の”ハッピーエンド・レズビアン小説”「キャロル」など、数多くのベストセラーを生んだ時代を代表するベストセラー作家、パトリシア・ハイスミス。
彼女は晩年をスイスで過ごしていますが、本作はスイス生まれのエヴァ・ヴィティヤ監督が、彼女が残した日記やノートを読み、知られていない一面に”恋した”ことで生まれたドキュメンタリーだそう。
日記といえば究極のパーソナル情報ですが、衣類の引き出しの奥に隠すかのようにおいてあった日記には、『いずれこれは読まれるだろう』という趣旨の内容があったので、映画化に踏み切ったということだそうです。
参考:
映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』。監督が語る “日記から映画をつくること” | me and you little magazine & club
https://meandyou.net/202310-lovinghighsmith/
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本作は、パトリシア・ハイスミスという作家を詳しく知りたい、という人向けかとは思いますが、私自身、”数多くの著作が映画化されている女性ベストセラー作家”ということぐらいしか知らなくても興味深く見る事ができる作品になっていました。
羨ましいと思うことすらできないレベルで言葉や表現が降りてくる、彼女のその作家としての才能は言うまでもなく、本作で主に語られているのは、彼女の複雑な家庭環境と波乱に富んだ人生。
代表作「リプリー(太陽がいっぱい)」でも、主人公リプリーとグリーンリーフとの間に微妙な同性愛描写が描かれていましたが、パトリシア・ハイスミス自身がレズビアンを公言していた女性。(雌雄同体のカタツムリが好きだったというエピソードも)
今でこそ同性婚も認められる時代になりましたが、彼女は1920年代、しかも当時、男尊女卑志向が強いテキサスで、カウボーイを愛するガチガチの保守系一家の生まれ。
しかも彼女が不幸だったのは、母親が彼女に全く愛情を示さなかったことで、出産数日前に夫と離婚し、産まれた娘はテキサスの実家に残し、新しい男とニューヨークに行ってしまうっていう、とんでもない母親だったようです。
その後、ニューヨークで同居しますが、母に愛されたい一心で、レズビアンを”治療”するために自ら通院するなど、涙ぐましい努力をしますが、最終的に母とは憎しみ合う関係になってしまいました。
その反動もあってか、大人になった彼女はヨーロッパ各地を点々とし、愛と執筆に生きる波乱の人生を送ることに。
そんな本作は、彼女の家族や元恋人、友人たちのインタビューと、彼女自身が日記やノートに残した記録をたどるドキュメンタリー構成となっていました。
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当時すでにベストセラー作家であった彼女は世界各国で有名人であり、彼女に愛情を寄せる女性たちと次々に親密な関係を築いていきますが、ドキュメンタリーで語られる彼女はどこか不安定な危うさを持っており、個人的には、幼少期の母からの愛情不足が大きかったのかなと思います。
本作でもたびたび引用される「リプリー」。映画ではマット・デイモンが演じていましたが、リプリー自身、聡明でありながら愛情に飢え、性的指向にも不安定な男性として描かれています。
映画「リプリー」では、イタリアで物語が終わりますが、その後、パトリシア・ハイスミスが書き続けた続編では、世界各地を転々とするリプリーの姿が描かれており、性別は違うものの、彼女はリプリーに自分を投影していたのかもしれません。
ドキュメンタリーは、晩年を過ごしたスイスで、偽名で出版していたレズビアン小説「キャロル」を執筆していたことを明かし、静かに余生を送る彼女の姿が映し出されます。
日記や秘蔵のノートを元にしたというドキュメンタリーでしたが、総じてエヴァ・ヴィティヤ監督によるパトリシア・ハイスミスへのリスペクトに溢れる内容となっており、静謐な、良いドキュメンタリーを見た心地よさが残りました。
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参考:
「パトリシア・ハイスミスに恋して」、『キャロル』誕生を紐解くシーン&著名人コメント到着 |キネマ旬報WEB
https://www.kinejun.com/article/view/31943
newTOKYO(ニュートーキョー) | 惚れっぽく、傷つきやすく、愛を渇望し続ける。映画「パトリシア・ハイスミスに恋して」のエヴァ・ヴィティヤ監督が見たハイスミスの素顔
https://the-new-tokyo.com/highsmith/