SANKOU

ギルバート・グレイプのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ギルバート・グレイプ(1993年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

シーンのひとつひとつがいつまでも心に残り、全編通して心を動かされる感動の名作。
すべての登場人物が魅力的で、ドラマの中で完璧に役割を果たしているのも素晴らしい。
冒頭の道端で何かを待っているギルバートと弟のアーニー。太陽の光を反射しながら無数のトレーラーが道を横切っていく姿に、歓喜の声を上げるアーニー。この作品のオープニングにふさわしい印象的で感動のシーンだ。
トレーラーが自由に全国を旅出来るのに対して、ギルバートの生活はとても窮屈だ。
彼は障害を持った弟に、 肥満のために外を出歩くことも出来ない母親を支えるために町を離れることは出来ない。
町自体に活気がなく薄汚れているのも印象的だ。弟の面倒を見て、母親の食費を稼ぐために寂れた食料品店で働き、配達先の人妻と不倫するちょっぴり悪いところもあるギルバート。
しかし、たくさんのハンデを抱えながらも、決して家族を捨てないで、自分のことよりも人のことを優先して考えられる彼はとても良心的な人間だ。
アーニーの無邪気さに心が癒される部分もあるが、思ったことを何でも正直に口にし、何度止められても給水塔に登ってしまう彼の行動に家族は何度も振り回されてしまう。
アーニーのことを良くも悪くも言えるのは、彼と一緒に過ごしてきた喜びも苦しみも知っている家族の人間だけなのだと思う。とても感情を揺さぶられる映画だけれど、下手な感情移入をさせない冷たさもある作品だ。
あまりにも巨体な母親を興味本意で小さな子供達が見物にやって来るが、ギルバートはわざわざ男の子を抱っこして母親の姿を見せてやる。
ギルバートの友人タッカーが「よくないよ」と彼をたしなめるが、何か家族以外の人には口出しする権利はないような壁を感じさせる。
アーニーが木に登って姿を隠し、ギルバートがそれに気づきながらも「アーニーを知らないか」と呼び掛け、それを聞いたアーニーが喜ぶ遊びの場面は、二人の強い絆を感じさせる。
アーニーにトレーラーで旅をするベッキーが、とても動的な存在なのに対して、ギルバートは思っていることをあまり外に出さない静的な人間だ。
本当は彼がこの映画の中で一番心を動かされるし、一番悩みもするのだが、常に何か心に蓋をしているようにも感じられる。
タッカーの手伝いで家の土台を補修するシーンがあり、地下室からギルバートに手伝ってくれとタッカーが頼むが、ギルバートは躊躇して動けない。代わりにアーニーにタッカーを手伝うようにお願いするが、アーニーは「父さんがいるから嫌だ」と首をくくるジェスチャーをしておどける。
実は彼らの父親は地下室で首吊り自殺をしており、母親が肥満になったのもそのショックによるものだ。
そして、ギルバート自身も地下室にいまだに入るのを躊躇うほどに、心に深い傷を負っているのだ。
ベッキーとの出会いによって、彼女の開けっ広げな性格から、徐々に胸のうちをさらしていくギルバート。
トレーラーが故障してしまったために足止めをくらっているのだが、彼女の母親が何とかトレーラーを動かそうとギルバートに手伝いを頼むが、ギルバートにとっては修理が完了すれば彼女たちは町を出ていってしまうから複雑な気持ちだ。おそらく、ギルバートは手伝うふりして、何もしていなかったんじゃないかと思われる場面が、語らずとも彼の心情をうまく表していた。
雨の降る中、ついにエンジンがかかった瞬間に、思わず二人が抱き合って、本来なら喜ぶべきなのだが、別れなければいけない悲しみを目にたたえる姿にとても心を打たれた。
このギルバートが心惹かれたベッキーという人間にはとても好感を持った。アーニーがベッキーの買い物袋を落としてしまい、ショックでどうしていいか分からずにいる場面。謝れというギルバートを制して、「悪いと思っている?」と彼女はアーニーに尋ねる。首を横に振るアーニー。「私も悪いとは思っていないわ」とさっぱりした態度で答えるベッキー。
彼女のこうした言葉に心が暖かくなる場面は多い。
夫を亡くしたギルバートの不倫相手のベティが町を離れることになり、ギルバートに別れを告げたあと、ベッキーに向かって「譲るわ」と言って去っていく。「彼女を忘れない?」とベッキーがギルバートに尋ねると「ああ」と彼は答える。それを聞いて「良かった」と彼女は呟く。
ギルバートの母親と初めて対面した時に、母親が「最初からこんなんじゃなかったのよ」と弁明すると、「私も最初はこんなんじゃなかったわ」と答える。
彼女との出会いでギルバートはとても救われた。しかし、彼は彼女を追って町を出るわけにはいかない。
それは家から離れられない母親がいるからだ。
この衝撃な見た目の母親も、この作品で大きく心を動かされる人間だ。彼女は決して自分が笑い者にされるとは思っていなかった。とても傷つきやすい彼女が、アーニーだけに見せる特別な優しさがとても印象的だ。
部屋から一歩も出ない母親だが、アーニーが警察に拘束されてしまった時に初めて彼を救うために家の外に出る。彼女を乗せた車が傾きながら道を進んでいく様には、笑ってはいけないんだけど思わずクスッとなってしまう。
この感情は彼女を見る町の人達と同じなのだと思う。アーニーを救いだし、署を出る彼女の姿を好奇の目で皆が見つめる。
結局彼女自身もギルバートやエイミー、エレン、そして、アーニーの家族皆を自分が縛り付けていることを自覚していたのだと思う。
ギルバートがアーニーを殴って飛び出してしまうが、翌日無事に帰って来た彼を見て、本気で腹を立てながらも「でも帰ってきてくれた」と安堵する姿が色々と物語っていた。
最終的に、彼女がベッドの上で息を引き取ってしまった原因は分からないが、結果的に彼女は自分の死を持って家族を解放する。
「笑い者にはさせない」と家に火をつけて彼女を葬るギルバート。
それを見つめるギルバート、アーニー、エイミー、エレンの表情がとても心に残った。
ずっと心も体も縛り付けられていた家族が、それぞれの役割を見つけて旅立っていく。冒頭と同じくラストシーンは、トレーラーを待つギルバートとアーニーの姿。でも、彼らはそれをただ見送る人間ではない。ベッキーと再会して、新しい場所へと旅立つ彼らの姿に心の底から感動した。
喧嘩をして険悪な関係になってしまったギルバートとアーニーだが、仲直りの仕方は木登りのかくれんぼであり、この姿を見て、ああこの二人はこの先何があっても大丈夫だなと思った。
まだ始まったばかりなのかもしれないが、いつまでも彼らの人生が幸せであるように願った。
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