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羊たちの沈黙ののくのレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
5.0
学生の頃に鑑賞した時は、単なるサスペンス物としか観れなかったですが、数十年振りに観返して、登場人物の関係性や言葉の裏を考えることで、作品の深みを楽しむことができました。

幼い頃に父を亡くし、子羊の悲鳴を聞いた事がクラリスのトラウマとなっているわけですが、レクター博士と関わることでトラウマと向き合うストーリーであることが本作を味わい深い物にしていると思います。

父が不在であったクラリスにとって、レクター博士は父親代わりであるように見えます。レクターは答えを知っていても直接的には回答を示さず、ヒントを与えクラリスの捜査官としての洞察力を鍛えようとしていますし、クラリスに無礼を働いた隣の囚人を死に追いやり、保護者のように振舞っています。クラリスの周囲のFBIや警官は、彼女を性的な目で見るばかりですが、劇中で彼女を導いているのはレクターだけな所を見ても、やはり父親的な役割なんだなと思いました。

又、子羊の悲鳴を聞いた件ですが、これは比喩的な表現であって、クラリスは農場主に暴行を受けた(若しくは他の誰かが暴行されている場面を目撃した)のではないでしょうか。だから、バッファロー・ビルを追い被害者を救うことは、過去の自分と向き合うことにも繋がる。精神科医でもあるレクターが彼女の過去をしつこく問いただすのは、一種の暴露療法のようなものなのかなと思いました(レクターとしては娯楽の一環でもあるのでしょうが)。単に生贄の象徴としての子羊を指しているのかもしれませんが、このような深読みをしたくなる所も本作の魅力と思います。

バッファロー・ビルが幼少期のトラウマから猟奇的犯行を犯すのに対し、クラリスがトラウマを抱えながらも社会や犯罪と戦うという二者の対立は、単なる善と悪の闘いだけではなく、トラウマに支配されるのではなく、向き合い打ち勝つことができることを示しているようにも思います。

本作は捜査を通して疑似的な親子関係を築き、トラウマと向き合い続けるクラリスの成長物語でもあり、シンプルなストーリーですが多重な構造となっているので、また観返したい作品です。
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