彦次郎

西部戦線異状なしの彦次郎のレビュー・感想・評価

西部戦線異状なし(1930年製作の映画)
4.4
教師に言いくるめられて志願兵となったドイツ人青年ポール(原作だとパウル)が第一次世界大戦の西部戦線で「地獄」を経験していく戦争映画。
新兵訓練して戦場に行く流れは『フルメタルジャケット』だったり、死の前振り演出があったり後世に影響を与えたと思われる作品です。
ポールの装備が鉄製のヘルメットに変化する(銃弾が貫通して結局役立ってないけど)ことから察せられるように第一次世界大戦は人類最初の殺戮戦争となっております。殺戮の変遷についてはドキュメンタリー『映像の20世紀第2集』を観ると分かりやすいです。新兵器機関銃と大砲により変化した戦術で「余った」兵士たちを使い互いの勢力が囲い込もうとした結果、戦力がベルギーからスイス辺りまで伸びていきタイトルにもある西部戦線となったようです。新兵器である戦車に対抗すべく戦線は塹壕を使用して戦況が膠着していくのですが本作にもあるように文字通り鉄砲玉として兵士が雨のように爆撃が降ってくる戦場を駆けるリアルさは原作者はもとより製作者側も戦争経験者だったからではないでしょうか。
リアルさといえば様々な暗黒面を示す登場人物たちです。昔馴染みだけど新兵教官となったヒンメルストスの横暴さ、ナンパしたポールたちの「食料」に露骨に反応する女性陣の我欲、足を切断された友人ケンメリックからブーツをもらおうとする友人ミュッレルの無神経さ、戻ってきたポールに勝手なことばかりほざく父親や地元の連中の無知ぶりなど、現実社会でも必ず見受けらるリアルティに震えてしまいました。その中でも忘れ難いのが母校の教師カントレックです。冒頭から美麗字句で生徒たちを洗脳し大量に戦場に送り込み、3年経っても生徒たちに同様の演説をし戻ってきたポールを宣伝マンとして利用、反抗するポールの言葉に反論をしてくる姿は死神の化身としか言いようがありません。この男、戦争を美化するクセに自身は徴兵されていないことからも政府と取引でもしている可能性も考えられます。本気で自分の言葉を信じているならば無知な狂信者、そうでなければ己の安全のために生徒を大量に死地に追いやる卑劣漢で、どちらに転んでも作中トップクラスのクソ野郎でした。こういった面々がいるからこそカチンスキーとの友情や病床の母の優しさが琴線に触れてくるとも言えますけど。
ネタバレ防止のため詳細は書きませんが登場人物たちのあまりにも呆気ない死、そして心を痛めつけられていくポールに戦争の無情さと愚かさを感じます。恐らくは戦争批判の意図がある映画なのでしょうが1930年公開から10年も経ずに第二次世界大戦は始まります。そして現在(記載時は2023年6月)もロシアとウクライナでの戦争をはじめ戦争は継続していることが悲しくもこの作品の普遍性を示しています。蝶を触ろうとするラストの場面とタイトルの意味を含めて戦争映画の名作だと思います。
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