垂直落下式サミング

雲のむこう、約束の場所の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

雲のむこう、約束の場所(2004年製作の映画)
3.7
ザッツセカイ系。
戦争により、北海道と本州以下が南北に分断された日本を描くSF作品。舞台設定や世界観がムズカシイから取っつきにくい。要するに、青森県に住む少年少女が、ここではないどこかへ行きたいと望むみたいなおはなし。
世界そのものがキラキラしていた『君の名は。』以降の新海をみてからだと信じられないが、本作は自然や空やローカル駅などは美しく描かれているけれど、持ち味であるキラキラ風景は少年時代の思いでの象徴として機能している。
世界観の設定上は戦前(戦中)と言うこともあってか、東京などは荒れて薄汚れた町として描写。自然を明るく都市的モチーフを暗く描かれているのをみていると、なにくそ負けてたまるかと田舎者魂が燃え上がっていくのを感じる。
大人になっていくと堅っ苦しい建物から出られらなくなるのだけれど、本当はみんな澄んだ空気のガレージからキラキラな雲の上の向こう側を見ていたいんだ。そんな願いのようなものが、ビジュアルイメージからあふれ出ていると思った。
町工場オッサン社会のダメなところを、しっかりとやってるのも初期新海の魅力。バイトの子が女の子を連れて来るってなったとき、社長から若手まで含めた男子たちがちょっとした盛り上がりをみせるのや、気を利かせてケーキ買ってきてくれたのに、向かい合ってタバコばっかり吸っちゃう気の利かなさが、かなりリアルな人間模様で男社会の解像度高め。この描写だけで、作り手を信頼できる。
大学卒業したてくらいの研究員ってのがいいよなあ。「心理学をやってて~」とか「○○くんはよくやってくれてて~」みたいなおハナシを聞きながら、ちょっとニヤニヤしたいの。おじだって恋バナしたい。
あんまり子供だと工場見学のお客さんって感じだし、かといってオトナのお姉さまは職場の愚痴のひとつかふたつ置いていかれるもんだから、あんま嬉しかないんすよね。面倒くさいこと言わない若いオンナが好きやねん。
主役はタイプの違うふたりの男の子。過去の思い出を心に引きずる少年たちではあるけれど、ひとりは何年もウジウジしていたのに、イッパツ鳥人間で飛行機とばす度胸があり、片方はリビドーとノスタルジアを抱えながらも、しっかりと自分の人生を歩んでいる故に葛藤する。
感情にしたがうタイプと、理性的なタイプのふたりの少年を主役にしたことで、男の中にある二面性みたいなものが表面化していると思った。
ふたつの視点と価値観が等価に描かれているから、記憶のなかに眠る美少女のために、世界を敵に回したり、人生を棒に振ってしまうのを、愚かしい選択だと冷静に見つめる視点も獲得しており、思想モロだし過ぎた『天気の子』よりも、社会的には承認を得られそうなメッセージを打ち出しているとは思う。
描かれるのは、女の子に「すごいなあ」って言われたいのが男の原動力なんだって真理。少年と少女の心の声が青空のなかでラリーしていくラストは情念的であり、新海誠のノスタルジックキラキラ童貞としての資質が、しっかりと発揮されている。